従業員承継(番頭・技術者に会社を継がせる)|株の資金・個人保証・許可要件の3つの壁
記事中のモデルケースは、理解を助けるための架空の例です。 当社の成約実績ではありません。
社員に会社を継がせるとき、止まる場所は3つあります。株を買う資金、借入の個人保証、そして建設業許可と電気工事業の「人の要件」です。国の資料も、社員が先代経営者から株を買う資金(MBO・EBOと呼ばれる形)と、保証を理由に後継者候補が承継を断るケースを、課題として名前を挙げています。許可の人の要件は、法令が定めています。3つとも越え方は制度に用意されていますが、使える条件も、準備にかかる年数も別々です。
帝国データバンクの2025年の速報値では、代表者が替わった会社のうち、血縁によらない役員・社員を登用した「内部昇格」が36.1%で、同族承継の32.3%を上回りました。ただし、これは社長の座が誰に渡ったかの数字です。株をどう買ったのか、保証がどうなったのかは、この調査からは分かりません。
たとえば、勤続22年の番頭が社長に呼ばれ、「お前に継いでほしい」と言われたとします。営業所は2つ、現場の段取りも請求書の締めも、いまは番頭が見ています。引き受けるかどうかを決める前に、数字の問いが3つ立ちます。株はいくらで、誰がどう払うのか。会社の借入の保証は、自分に回ってくるのか。許可は、自分の名前で持てるのか。この会社は架空のモデルで、記事の中の計算例の数字もモデルです。
2025年の速報値で、社員への承継は同族承継を上回った
| 2025年に代表者が替わった会社の就任経緯(速報値) | 割合 |
|---|---|
| 内部昇格(血縁によらない役員・社員を登用) | 36.1% |
| 同族承継 | 32.3% |
| M&Aほか(買収や出向が中心) | 20.6% |
| 外部招聘(社外の第三者を代表に迎える) | 7.6% |
4つを足しても96.6%で、残りは調査の記事に内訳が出ていません。前年の2024年は、同族承継が35.7%、内部昇格が35.0%で、差は0.7ptでした。前年調査では1.6ptあった差が縮まり続けた先に、逆転があります。
同じ調査に、社長になる人の姿も出ています。2025年に就任した後任代表者の83.9%は業界経験が10年以上でしたが、経営の経験は「3年未満」が69.6%で最も多く、調査は、多くがベテラン社員や役員として業界経験は長いものの、経営経験が少ない人材だったと書いています。後継者候補がいて内訳の分かる約13.8万社に絞ると、候補の属性で最も多いのは「非同族」の41.0%で、4年連続のトップです。「自分は経営をやったことがない」とためらう番頭は、代表者交代の場では最も多い立場にいることになります。
電気工事業だけの数字は、公開資料にありません。使えるのは、後継者問題を経営上の課題に挙げた電気工事業者が38.77%という国土交通省の令和6年度調査と、建設業の後継者不在率57.3%までです。
壁は3つあり、社長と番頭では最初に気にする点が違う
| 壁 | 社長が最初に気にすること | 番頭が最初に気にすること |
|---|---|---|
| 株を買う資金 | 値段はいくらか。代金をいつ、どう受け取るか | 払えるのか。毎月いくら出ていくのか |
| 借入の個人保証 | 自分の保証はいつ外れるのか | 自分が保証を背負うのか。背負うならどこまでか |
| 許可の人の要件 | 自分が抜けたあと、経営業務の管理責任者と主任電気工事士が欠けないか | 自分が取締役になれる時期はいつか。年数は数えられるのか |
3つは別々の壁に見えて、決める順番がつながっています。番頭がいつ取締役になるかで、許可の年数も、社長の保証が外れる時期も、株を渡す順番も動きます。
壁① 株を買う資金は、融資・贈与・分割を組み合わせて作る
社員が株を買って経営者になる形は、MBO(経営陣による買取り)やEBO(従業員による買取り)と呼ばれ、中小企業庁の資料にもこの名前で出てきます。株の値段の付け方は、入門ガイドのこの会社、いくらで売れると思いますかに書きました。社長が社員に売るときも考え方は同じです。
安すぎる価格は、差額が贈与とみなされる
値段を下げれば番頭が楽になる、とは限りません。国税庁は、個人から著しく低い価額の対価で財産を譲り受けた場合、財産の時価と支払った対価の差額は、譲渡した人から贈与により取得したものとみなされる、としています。非上場株式の時価にあたるのは相続税評価額で、「著しく低い」かどうかに数値の基準はなく、個々の事案で判定されます。長年の礼のつもりで社長が安く譲ると、差額に番頭の側で贈与税がかかる場合があります。個別の税額は、顧問税理士に確認してください。
融資の軸は、公庫の承継資金と保証協会の別枠になる
日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」は、中小企業事業の融資限度額が14億4千万円、国民生活事業は別枠7,200万円です。返済期間は設備資金が20年以内、運転資金が10年以内(どちらも据置5年以内)で、資金のお使いみちが株式等で担保を徴しない場合は、利率の引下げ措置があります。利率の優遇の対象には、株主等から自己株式を取得する法人と、事業会社の株式を取得する持株会社が挙がっています。公庫のページに、従業員や親族外の後継者を名指しした記載はありません。番頭個人が借り手になるのか、持株会社を通すのか、会社が借りて自己株式として取得するのか。株の取得資金が設備資金と運転資金のどちらに当たるのかも含め、公庫の窓口で聞く項目です。
もう一つの道が、経営承継円滑化法の金融支援です。都道府県知事の認定を受けると、公庫の融資と信用保証協会の保証の特例を使えます。保証は通常の保証枠とは別枠になり、普通保険は通常の2億円に2億円、無担保保険は通常の8,000万円に8,000万円が上乗せされます。中小企業庁の申請マニュアルは、資金の使い道に、後継者が会社の役員や従業員で、MBOやEBOにより事業承継をするときの株式等の買取資金が含まれる、と書いています。認定の類型の一つは、後継者がすでに代表者に就任し、承継が少なくとも一部は行われている場合です。知事の認定とは別に、金融機関と信用保証協会の審査があります。
架空の会社のモデルです。金利、会社から番頭への報酬や配当で返済を支える設計、税は含めていません。実際の返済期間の上限は貸し手が決めます。買取額を自社の数字に置き換えると、番頭が月にいくらまで出せるのかが見えてきます。
株の渡し方は4通りあり、保証と許可への響きが違う
| 渡し方 | 資金の出どころ | 保証・許可への響き |
|---|---|---|
| 番頭が個人で買う | 公庫や金融機関の融資、認定を受けた保証の別枠、自己資金 | 買取りの借入に番頭の保証を求められるか。特則に沿って貸し手が検討する |
| 番頭の持株会社が買う | 持株会社の借入。公庫は持株会社を利率優遇の対象に挙げ、補助金の要領も持株会社が株を取得する形(HD承継)を例外として認める | 持株会社の借入に付く保証と、事業会社の借入との関係を、貸し手と詰める |
| 代表だけ先に渡し、株は数年に分ける | 事業承継計画に沿った分割。公庫の類型は、融資後おおむね10年以内に承継を見込む方 | 社長が議決権の過半数を持ち続けるあいだは、社長の保証を外す判断に影響する(壁②) |
| 社長が株を贈与する | 買う資金は要らない。法人版事業承継税制の特例措置で贈与税の納税が猶予される | 売買には使えない。社長は株の代金を受け取らない。番頭は、贈与の時点で代表権と役員の地位が要る |
贈与の道は、要件がはっきりしています。国税庁のパンフレットでは、後継者は贈与の時に会社の代表権を持ち、贈与の直前に役員であり、後継者と特別の関係がある者とあわせて議決権の50%超を持ち、その中で最も多くの議決権を持つことが必要です(後継者が1人の場合)。親族であることは要件に書かれていません。贈与税の納税は全株式で100%猶予されますが、免除ではなく猶予で、担保の提供が要ります。特例承継計画の提出期限は2027年9月30日(国税庁タックスアンサー No.4439。古い案内にある2026年3月31日は、延長前の期限です)、特例措置の対象になる贈与は2027年12月31日までです。この制度の対象は贈与と相続による取得で、社長に代金を払って買う取引には使えません。
社長への退職金は、買う株の値段を動かす
会社が社長に退職金を払えば、その分だけ会社の現預金が減り、純資産が減ります。当社が診断ツールで使っている年買法は、純資産に実質営業利益の数年分を足す算定なので、退職金を払った会社は、その分だけ算定額が下がる方向に動きます。番頭が払う株の代金は小さくなりますが、社長の受け取りは、退職所得と株の譲渡所得で課税のされ方が変わります。退職所得は原則として(収入金額−退職所得控除額)の2分の1が課税の対象で、非上場株式の譲渡所得は申告分離課税の20.315%です。退職金は、勤続や退職の事情、同業同規模の支給状況から見て相当な金額までが損金になります。どの割合で受け取るのが社長の手取りに有利かは、税理士の計算になります。
補助金は、株の代金に使えない
事業承継・M&A補助金は、社長に払う株の代金を補助しない。
事業承継促進枠は従業員への承継も対象で、承継予定者の要件に「対象会社に継続して3年以上雇用され業務に従事した経験を有する者」が入っています。16次公募の受付は2026年10月2日から11月6日17時までです。ただし補助されるのは、承継後に承継予定者が進める生産性向上などの取組みで、事業承継に際して被承継者に支払う譲受費用は、補助対象経費になりません。補助率は2/3以内か1/2以内、上限は800万円(賃上げ要件を満たすと1,000万円)です。経営権と所有権(株式等)のどちらも、被承継者から承継者に譲渡されることが要件になります。承継後の設備や人への投資に使う制度と考えると、位置づけが合います。補助金の全体像は事業承継・M&A補助金16次の読み方にまとめています。
壁② 個人保証は、後継者に当然には引き継がれない
社員が会社を継ぐときの個人保証には、国の特則があります。2019年12月に策定され、2020年4月1日に適用が始まった、経営者保証ガイドラインの「事業承継時に焦点を当てた」特則です。原則として前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めないこと、後継者に保証を当然に引き継がせず、保証の必要性を改めて検討することを、金融機関に求めています。ガイドラインの要件の多くを満たしていない会社でも、保証を求めない対応ができないか、真摯かつ柔軟に検討するよう求める文言もあります。
保証は、後継者に当然には引き継がれない。引き継がせるかどうかは、貸している側が改めて決める。
特則の冒頭には、事業承継に際して、経営者保証を理由に後継者候補が承継を拒否するケースが一定程度あると書かれています。保証が怖くて返事を渋る番頭は、国の文書が想定している当事者です。
実績はどうなっているのか。金融庁が民間金融機関529機関に集計させた2025年度の数字を、新しい経営者と保証を結んだかどうかで組み直します。
親族内承継を含む代表者交代全体の数字で、社員への承継だけの数字ではありません。現時点の集計値で、変動することがあります。4区分の合計は100.0%です。
新経営者に保証を求めなかった例が過半数ですが、4割強では新経営者が保証を結んでいます。どちらの側に入るかは、会社の財務と貸し手の判断で決まります。
保証を求められたとき、特則が挙げる対応は4つある
保証を求めることがやむを得ないと判断された場合にも、特則は金融機関に、次の対応の検討を求めています。
- 資金の使い道に応じて保証の必要性や金額を絞る。正常運転資金や、担保で保全が効く設備投資資金を除いた分に限る、といった設定です。
- 財務状況が改善したら保証債務の効力を失う、解除条件付きの保証契約を使う。
- 一定の要件を満たす中小企業について、経営者を含めて保証人を徴求しない信用保証制度を使う。
- 事業承継時に経営者保証を不要とする政府系金融機関の融資制度の利用を要望した場合は、その意向を尊重する。特則の注は、例として公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」を挙げています。
公庫の側では、国民生活事業が「経営者保証免除特例制度」を併用できる特例制度として載せています。中小企業事業のページには、直接貸付で一定の要件に該当する場合は経営責任者の個人保証が必要になる、とも書かれています。公庫を使えば保証が不要になる、という書き方ではありません。
代表交代の前後で、保証を求められる相手は分かれることがある
特則は、二重徴求を「同一の金融債権に前経営者と後継者の双方から保証を求めること」と定義し、代表者交代前の既存の債権は前経営者、交代後の新規の債権は後継者だけから保証を求める、という分け方は二重徴求に当たらないと注記しています。番頭が引き受ける保証は交代後に組む新規の借入に限る、という交渉の足場になります。既存の借入の保証が、自動で社長から番頭に移るわけではありません。
反対に、社長が株の過半数を持ち続けると、社長の保証を外す理由は弱くなります。特則は、前経営者に引き続き保証を求めるかを検討するとき、株式保有状況(議決権の過半数を持つか等)、代表権の有無、実質的な経営権・支配権の有無を勘案するとしています。一方で、代表権は後継者に移ったが株式の大半を前経営者が持っている、というだけで二重徴求と判断しないよう、金融機関に留意を求めてもいます。株を何年かけて渡すかは、社長の保証がいつ外れるかとつながっています。
保証が外れる保証はありません。解除や移行の判断は最終的に金融機関が行います。社長の保証の外し方は、会社を売ったら社長の個人保証は外れるかに詳しく書きました。金融庁が2026年5月1日に開いた「経営者保証情報ネットワーク」は、M&A・事業承継を検討中の経営者や後継者が相談シートを出せる窓口ですが、あっせんや解除の確約はしません。
壁③ 許可の要件は、番頭の肩書きと年数で決まる
株式で引き継ぐなら承継認可は要らないが、人の欠けは2週間で届け出る
株式を譲り受ける形なら、許可を持つ法人は変わりません。建設業法17条の2の承継の認可は、事業の全部の譲渡や合併・分割の制度で、株式譲渡は含まれていないため、法令の構造からは承継認可は要らないと整理できます。国土交通省が株式譲渡に直接言及した文書は、確認できていません。その代わり、役員の氏名が変われば30日以内に変更届出書を出します。経営業務の管理体制や営業所技術者の基準を満たさなくなったときは、2週間以内に届け出なければなりません。基準を満たさなくなれば、許可行政庁は許可を取り消さなければなりません。事業譲渡で許可ごと引き継ぐ形では、事前に認可を受けておく必要があります。
経営業務の管理責任者になれるのは、常勤の役員だけ
建設業法施行規則の基準は、「常勤役員等のうち一人」が要件を満たすことです。国のガイドラインは、執行役員や事務局長などを原則として「役員」に含めないとし、取締役会の決議を経て具体的な権限委譲を受けた執行役員等だけを「これらに準ずる者」に含めています。
経営業務の管理責任者になれるのは、常勤の役員だけ。肩書きが部長のままでは、年数があっても名乗れない。
一方で、取締役に就く前の経験が数えられる道があります。
| 番頭の経歴 | 当てはまる道 | ガイドラインの数え方 |
|---|---|---|
| 取締役として建設業の経営業務を管理して5年以上 | 5年以上の経営業務の管理責任者としての経験 | 取締役などとして、経営業務を総合的に管理した経験 |
| 営業所長・支店長として、対外的な責任を持つ地位で経営業務を管理して5年以上 | 同上 | 「支配人その他支店長、営業所長等、営業取引上対外的に責任を有する地位」にあって、経営業務について総合的に管理した経験。該当するかは、地位と管理の実態を示す書類で判断される |
| 取締役会の決議で事業部門の権限委譲を受けた執行役員として5年以上 | 経営業務の管理責任者に準ずる地位(権限の委任を受けた者)での経験 | 組織図、業務分掌規程、取締役会の議事録などで確認する。一部の営業分野だけ、資金・資材調達だけを分掌する執行役員は除かれる |
| 役員等に次ぐ職制上の地位で、資金調達・技術者の配置・下請契約など経営業務全般に携わって6年以上 | 準ずる地位で経営業務の管理責任者を補佐した経験(補佐経験) | 組織図、業務分掌規程、過去の稟議書、人事発令書などで確認する。法人か個人かは問わない |
| 建設業で役員等として2年以上、かつ役員等または役員等に次ぐ職制上の地位(財務管理・労務管理・業務運営の担当)で5年以上 | 役員経験に補佐者を組み合わせる道 | 財務管理・労務管理・業務運営の経験者を、直接補佐する者としてそれぞれ置く。補佐者の経験は、その会社での5年以上の建設業の業務経験に限る |
どの行にも共通するのは、肩書きの名前より、書類で経験を示せるかが分かれ目になる点です。補佐経験の確認書類として、ガイドラインは組織図、業務分掌規程、過去の稟議書、人事発令書を挙げています。社長のもとで番頭が稟議を起こし、下請との契約や技術者の配置を決めてきた会社なら、その稟議書と人事発令書が年数の証拠になります。捨てずに保管しているかどうか、いまのうちに見ておく価値があります。
逆算するなら、取締役への就任を前倒しにします。社長が経営業務の管理責任者として残っているあいだに、番頭を常勤の取締役に就けておけば、役員経験を使う道の「2年」が積み上がります。取締役としての期間が数えられるという条文の読み取りですが、数えられるかどうかは許可行政庁か行政書士に確かめてください。社長が引退した後に、ほかの誰も要件を満たさない状態を作らないための手当てです。番頭が使用人から役員に昇格するとき、使用人であった期間の退職金をどう扱うかも、税務上の論点になります(国税庁 No.5203)。昇格の時期を決めるときに、税理士と一緒に確かめる項目です。
営業所技術者の実務経験は、電気工事士免状の交付後だけ数える
営業所ごとに専任で置く営業所技術者(旧称は専任技術者)は、国家資格のほか、実務経験でもなれます。許可を受ける建設業に係る建設工事に関し、10年以上の実務経験を持つ道があり、指定学科の卒業者は、高校卒なら5年、大学・高専卒なら3年に短縮されます。番頭の資格が経験頼みなら、経験の数え方が焦点になります。
電気工事には、ガイドラインに一つ注意書きがあります。電気工事士免状の交付を受けた者でなければ直接従事できない工事の経験は、免状の交付を受けた者として従事した実務の経験に限り、実務経験の期間に算入されます。免状を取る前から携わっていた期間は、その部分が数えられません。実務経験証明書には、具体的な工事件名を挙げて内容を書きます。年数を確かめる書類として、ガイドラインは許可通知書や請負契約書等を例に挙げ、特定の書類だけに限定する必要はないとしています。番頭が携わった工事の契約書や注文書を、名前の分かる形で何年分残しているか。ここも、いまのうちに見ておく点です。
営業所技術者は、勤務場所が同一の営業所なら、常勤役員等との兼任が認められます。小さな会社では、番頭が経営業務の管理責任者と営業所技術者を兼ねる設計もできます。ただ、その一人が辞めれば両方が同時に欠け、営業所技術者が置かれなくなった場合は、代わる者の書面を2週間以内に出すことになります。資格の持ち方と後任の探し方は、専任技術者(営業所技術者)が退職したらに書きました。
主任電気工事士は、番頭が取締役として常駐する営業所では選任が要らない
電気工事業法は、一般用電気工事を行う営業所ごとに主任電気工事士を置くよう定めています。第一種電気工事士、または第二種電気工事士の免状の交付後に電気工事に関し3年以上の実務経験がある人です。ただし、法人の役員のいずれかがその資格を持ち、自らその営業所の業務に主として従事するなら、その営業所には選任の規定が適用されません。番頭が第一種電気工事士で、取締役としてその営業所に常駐するなら、その営業所では主任電気工事士を別に立てなくて済みます。営業所が複数あれば、ほかの営業所は個別に確かめます。
主任電気工事士が欠けたときは、知った日から2週間以内に選任しなければなりません。この「欠けた」には、社長の資格で選任が免除されていた営業所に、規定が適用されるようになった場合も含まれます。社長が主任電気工事士を兼ねている会社は、社長の引退の日が、この2週間の起点になりえます。詳しい手順は主任電気工事士がいない・退職したらに書いています。
番頭の取締役就任の時期、年数を示す書類、営業所での常駐。許可の壁は、この3つの手当てで見通しが立ちます。
返事の前に、番頭が社長へ聞けることは6つある
引き受けるかどうかを決めるのは、番頭自身です。
- 株の値段は誰がどう決め、払い方は一括か分割か。
- 会社の借入の一覧と、保証人の名前。自分に保証を求められるのは、どの借入から、いつか。
- 社長から会社への貸付金(貸借対照表の役員借入金など)の残高。中小企業庁の資料は、会社に対する貸付金や未収金の弁済も、承継に必要な資金の例に挙げています。株の代金とは別に、返済の段取りが要ります。
- 社長は何年、どの役職で残るか。代表をいつ渡すか。経営業務の管理責任者と主任電気工事士を、いま社長が兼ねているか。
- 自分を取締役に就ける時期。人事発令書、組織図、稟議書の保管場所。
- 株を持っている家族や親族の名前。株主名簿で、誰が何株を持っているか。
返事は、はいかいいえの二択ではありません。代表だけ先に引き受けて株は数年かけて買う、取締役として入って許可の年数を積んでから決める、断って別の道を探す。どれも制度の上では成り立ちます。同僚にどの順で伝えるかは、社長と番頭が揃って決めることです。従業員への伝え方の考え方は、従業員の雇用と、いつ伝えるかにまとめています。社長に万一のことがあった場合の株の行き先は、家族の側の手続きになるため、社長が亡くなったとき、家族が最初にすることにあります。
継げないとき、継がないときの道は4つ残る
社員が継げない、継がないという答えも、制度の上では普通の分岐です。後継者候補がいる会社の内訳は、非同族が41.0%、子どもが29.7%、子ども以外の親族が24.6%、配偶者が4.7%です(帝国データバンク、2025年)。社員に継がせる道と、家族に継がせる道は、ほぼ同じ重さで並んでいます。
- 親族に戻す。 番頭に話す前に、息子や娘、親族の意思が確かめられているかを見直します。ご家族・社員・顧問の方への入口と、入門ガイドのこの会社に残された道は、いくつあると思いますかが、道を並べています。
- 第三者に株を譲る。 株式譲渡なら、会社も許可も同じ法人のまま、持ち主だけが替わります。番頭が役員や現場の責任者として残ることを条件に、買い手を探す形もあります。中小機構の事業承継・引継ぎ支援センターの第三者承継(M&A)の成約は、令和7年度に2,265件で、過去最多でした。許可の人の要件を番頭が満たしていることは、買い手にとって会社の値打ちの一部です。雇用や処遇の条件は、最終契約で詰める項目になります。
- 外部から後継者を探す。 後継者人材バンクの成約は、令和7年度に114件で過去最多でした。新規登録者は1,472者、累計は11,547者です。
- 続ける、またはたたむ。 続けながら番頭の取締役就任と書類を整える道も、静かにたたむ道も残っています。たたむ前に確かめる手順は、廃業届を出す前にに書きました。
どれが正しいかは、会社と、社長と番頭の気持ちで変わります。事業承継・引継ぎ支援センターは、国が設置する公的相談窓口で、従業員・役員への承継も相談の対象です。各県のセンターの案内では、相談は無料で秘密厳守とされています。
止まっている点を、順に洗い出す
冒頭の番頭に戻ります。株の資金は、値段と払い方の組み合わせで決まります。保証は、交代後の新規の借入だけを番頭が引き受け、既存の借入の保証は、貸し手と社長のあいだで見直す、という分け方が特則の注記にあります。許可は、取締役就任の時期と、経験を示す書類で決まります。この3つの順番が見えれば、返事ができる状態になります。許可の全体像は許可と登録の行き先(売る・残す・たたむ)に、許可を持つ会社を引き継ぐ条件は建設業許可は買える?にあります。
社長の側からでも、番頭の側からでも、止まっている1点から洗い出せます。
参照した一次資料
- 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(就任経緯別の内訳、後継者候補の属性、後任代表者の経営経験) (2025年11月21日公表)
- 日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」(中小企業事業) (2026年10月14日に内容を確認)
- 日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」(国民生活事業) (2026年10月14日に内容を確認)
- 中小企業庁「事業承継に必要な資金」(経営承継円滑化法の金融支援パンフレット) (2024年6月改訂)
- 中小企業庁「中小企業経営承継円滑化法 申請マニュアル『金融支援』」 (2024年3月)
- 国税庁「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし」 (2025年5月(7月更新)。特例承継計画の提出期限の表記は、2026年4月の延長前のもの)
- 国税庁 タックスアンサー No.4439「非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」 (2026年10月14日に内容を確認)
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」 (特例承継計画の提出期限は2027年9月30日)
- 国税庁 タックスアンサー No.4423「個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき」 (令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁 タックスアンサー No.5203「使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金」 (2026年10月14日に内容を確認)
- 国税庁 タックスアンサー No.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」 (2026年10月14日に内容を確認)
- 国税庁 タックスアンサー No.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」 (2026年10月14日に内容を確認)
- 事業承継・M&A補助金「公募要領 事業承継促進枠(16次公募)」 (2026年9月(受付は2026年10月2日〜11月6日))
- 経営者保証に関するガイドライン研究会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(全国銀行協会掲載) (2019年12月策定・2020年4月1日適用)
- 経営者保証に関するガイドライン研究会「経営者保証に関するガイドライン」(全国銀行協会掲載) (2013年12月策定・2014年2月1日適用)
- 金融庁「『経営者保証に関するガイドライン』等の活用実績(2025年度)」(民間金融機関529機関の集計) (2026年6月26日公表)
- 金融庁「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」 (2026年5月1日開設)
- e-Gov法令検索「建設業法」(第7条、第11条、第17条の2) (2025年12月12日施行版)
- e-Gov法令検索「建設業法施行規則」(第7条第1号) (2026年7月1日施行版)
- e-Gov法令検索「電気工事業の業務の適正化に関する法律」(第19条) (2025年6月1日施行版)
- 国土交通省「建設業許可事務ガイドライン」(第7条関係) (令和7年2月1日最終改正)
- 国土交通省「令和6年度建設業構造実態調査」(電気工事業者の経営上の課題) (令和6年度調査)
- 中小機構「事業承継・引継ぎポータル」(事業承継・引継ぎ支援センターの案内) (2026年10月14日に内容を確認)
- 中小機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(第三者承継の成約、後継者人材バンク) (2026年5月29日公表)
よくあるご質問
従業員承継の方法には、どんなものがありますか。
従業員承継のデメリットは何ですか。
従業員承継の資金は、補助金で賄えますか。
社員が会社を継ぐと、借入の個人保証も背負いますか。
経営経験のない番頭でも、建設業許可の経営業務の管理責任者になれますか。
知りたかったことは分かりましたか
執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)