会社を売ったら、従業員はどうなるのか。雇用が続く仕組みと、伝える順序
従業員に伏せたまま、会社を売る話を進める。後ろめたさを感じる方は多いはずです。伝えるのが最後になるのには理由があり、電設の会社には、許可に関わる固有の理由もあります。雇用が続く仕組みと、伝える日の設計を、国のガイドラインと条文に沿って書きます。
最終更新:
売り手が相手に最も重視するのは、従業員の処遇です
帝国データバンクが2024年12月から2025年1月にかけて行った調査(有効回答10,935社)で、 売り手になる可能性がある、または買い手・売り手の両方の可能性がある企業が重視する項目のトップは、雇用維持などの「従業員の処遇」でした。 78.7%で、買い手の同じ項目より25.4ポイント高い数字でした。
毎朝顔を合わせる職人に、会社を売る話を黙っている。この葛藤は、特別なものではありません。 中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、譲り渡し側が「後ろめたい」「従業員に申し訳ない」と感じると言われてきたことを書いたうえで、 その感覚は必ずしも時代の趨勢に合ったものではなく、築いた事業の価値を第三者が認めて初めて成り立つ、むしろ誇らしいことだと述べています(29ページ)。
途中で伝わると、電設の会社では許可まで揺らぎます
ガイドラインは、取引先や従業員に意図せず情報が伝わり、そのあとで話が頓挫した場合、取引先の喪失や従業員の退職など、事業の継続に支障が出るおそれがあると書いています(31ページ)。 電設の会社では、この「従業員の退職」が、許可の問題に直結します。
- 営業所技術者が欠けて、代わる人もいないときは、許可業者は2週間以内に届け出なければならず、許可行政庁は許可を取り消さなければなりません(建設業法第11条第5項、第29条第1項第1号)。代わる人がいれば、2週間以内にその書面を出します(同法第11条第4項)
- 主任電気工事士が欠けたときは、知った日から2週間以内に選任しなければなりません(電気工事業法第19条)
- 経営業務の管理責任者や直接の補佐者が替わるときも、2週間以内に後任の証明書類を出します(建設業法施行規則第7条の2)
許可の要件を満たす唯一の有資格者が辞めると、会社の値打ちが下がるだけでなく、許可を維持する期限が2週間で動き出します。
確定前の話が社内に流れ、資格者から先に動けば、買い手が条件を下げるか、話から降りることがあり得ます。 資格者が欠けたとき、後任を2週間で整えられるかは、社内の人員で決まります。伝えるのが最後になる順序は、従業員を軽んじるためではなく、この連鎖を避けるためのものです。 期限と選択肢は許可・登録の承継にまとめています。
迷いも含めて全部話す誠実さと、約束できることが固まってから話す誠実さ。 ふだんの経営では前者が信頼を作りますが、会社の譲渡では、後者が従業員の職場を守ることがあります。
伝えるのは最終契約のあと、が国のガイドラインの原則です
ガイドラインは、最終契約の前に、親族や幹部役員などごく一部の関係者にだけ極秘に知らせることはあるとしたうえで、 それ以外の関係者には、原則として可能な限りクロージング後に、早くとも最終契約の締結後に知らせるべきだとしています(31ページ)。 全体の流れは進め方のページにあり、従業員への開示は、最後の工程に置いてあります。
確定する前に伝えれば、従業員は答えのない不安の中に置かれます。確定した後なら、「雇用は続く」「給与は変わらない」と、契約に書かれた事実だけを話せます。 番頭格の方や経理の担当者は、資料の準備の関係で途中から関わってもらうことがあります。誰をいつどう関わらせるかは、最初の段階で決めておきます。
株式譲渡なら雇い主の会社は変わらず、事業譲渡なら一人ひとりの承諾が要ります
会社の譲渡には、大きく二つの形があります。株式譲渡(会社の株を渡し、会社ごと引き継ぐ形)と、事業譲渡(事業だけを切り出して売る形)です。
株式譲渡では、従業員の雇い主である会社そのものは変わりません。株主と社長が替わるだけで、雇用契約は原則そのまま続きます。 事業譲渡では、民法第625条が「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」と定めています。 雇用を最優先にするなら、譲渡の方式の選び方が、最初の論点になります。
もう一つ、買い手の事情があります。中小M&Aガイドラインは、M&A実行後に従業員の一斉解雇が行われるケースは多くないと言われる、と書いています(47ページ)。 経済産業省の令和6年度のアンケートでは、電気工事士などの人手が「大いに不足」か「やや不足」の電気工事業者が7割で、8割近くが採用目標に届いていません。 人を採れずに会社を探している買い手にとって、従業員が辞める買収は意味を持ちません。 買い手がどんな会社かはこの会社を欲しがる会社は、いると思いますかに書きました。
処遇の維持は、最終契約の取り決めとして文書にします
ガイドラインは、最終契約で取り決める主要な内容に、「経営者・役職員の処遇」を挙げています。 経営者による引継ぎ期間や、従業員の雇用継続の努力義務を設けているかどうかが、その中身です(49ページ)。 ここに「努力義務」とあることは、読み落とさないでください。雇用の継続を確定した条項にするか、努力義務にとどめるかで、約束の強さが変わります。
従業員の処遇と価格が天秤にかかる場面では、価格を少し譲ってでも条件を守る、という判断もあり得ます。 どちらを取るかを決めるのは経営者で、仲介ではありません。 ここで、仲介の構造についても書いておきます。成功報酬で動く仲介には、成約を優先して従業員の条件を後回しにする力が働き得ます。 当社も成功報酬で動く以上、この構造の外にはいません。だから利益相反についての方針を公開しています。 売り手の方からいただく費用は、成約したときの成功報酬のみです(手数料のページ)。
伝える日は、設計できます
次の表は、伝える順序の一例です。会社の事情で変わります。
| 相手 | 時期の例 | 伝えること |
|---|---|---|
| 番頭格・幹部 | 最終契約の直前から直後 | 経緯と理由を、社長自身の言葉で。現場を束ねる立場としての協力を依頼する |
| 全従業員 | 最終契約の後、間を置かずに | 雇用・給与・勤務地が守られること。社長がいつまで残るか。契約で決まった事実だけを話す |
| 取引先 | 従業員への説明の後 | 体制が変わらないこと。担当の変更の有無。従業員より先に取引先へ伝わる事態は避ける |
決めておきたい点は三つあります。最初の説明を社長自身の口から行うこと。契約に書かれた、約束できることだけを話すこと。質問を受ける場を必ず設けること。 ガイドラインは、従業員の反対にもかかわらず、従業員の理解を得たうえで成立した事例を示しています(28ページ)。 理解を得る場は、契約のあとにも作れます。
社員の立場でこのページを読んでいる方へ
社長が会社を譲るらしいと聞いて、調べている方もいるでしょう。 株式譲渡なら、雇い主は同じ会社のままです。事業譲渡では、ご自身の承諾が要ります。 譲渡の話は、最終契約の前には社内に知らされないのが原則のため、情報が足りないのは不自然ではありません。 社長が倒れた場合や、社員の立場でできることはご家族・社員・顧問の方へに入口があります。 社員が会社を継ぐ形は、株と保証の面から後継者がいない会社の4つの道で扱っています。
まず、守りたい条件を書き出すことから
従業員のことを考えるほど動けなくなる、という悩みには、構造があります。順序と契約の設計で、守れるものは増やせます。 守りたい条件(雇用、給与、勤務地、そして誰にいつ伝えるか)を、紙に書き出してみてください。 承継準備チェックリストには従業員に関する項目も含めてあります。 名前を出さずに聞きたいことがあれば匿名の質問箱へ。書き出したものをお持ちいただいてご相談いただけば、契約条件の下書きになります。 売却をお決めでない段階で結構です。状況ごとのほかのページは会社を売る・継がせる・たたむにあります。
このページの数字と条文の出典
- 帝国データバンク「M&Aに対する企業の意識調査」(2025年1月28日):tdb.co.jp
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(本文28・29・31・47・49ページ):meti.go.jp
- 経済産業省 電気保安制度WG(第16回)資料1-2(令和6年度の電気工事業者へのアンケート、23ページ):meti.go.jp
- e-Gov法令検索:建設業法、建設業法施行規則、電気工事業法、民法