継がなくても、会社と社員を残す道はあります
継ぐ場合に壁になるのは、資格より経管(経営業務の管理責任者)と保証です。継がない場合も、社員に譲る、第三者に引き継ぐ、畳むの三つがあり、どれも選べます。
最終更新:
父から「そろそろ継いでくれないか」と言われたとしましょう。 頭に浮かぶのは、資格のない自分に継げるのか、借金は自分に回ってくるのか、の二つかもしれません。 二つとも、答えは出ています。 資格がなくても継げますし、法人の借入は会社の債務で、株を継いでも子の個人の債務にはなりません(会社法104条)。 残るのは、親が個人で結んでいる保証と、社長ひとりが背負っている許可の要件です。
許可や登録の話は、工事を請け負う会社のものです。 電材の卸売が中心の会社には、この先の許可の表は当てはまらず、借入と在庫、取引口座、社員が論点の中心になります。
最初に確かめるのは、許可・資格者・保証・社員の4点
継ぐかどうかを決める前に、親の会社が何で成り立っているかを、親に見せてもらう必要があります。 見るのは次の4点です。
| 確かめること | 見る書類 | 親が兼ねていると、退いた日に起きること |
|---|---|---|
| 経営業務の管理責任者(経管) | 建設業許可の申請書の控え、経管の証明書類 | 基準を満たせなくなったときは2週間以内の届出が要り、許可は取り消されます(建設業法11条5項・29条1項1号) |
| 営業所技術者(旧称:専任技術者) | 営業所技術者の証明書、資格の免状 | 代わりの人がいれば2週間以内に書類を出します。いなければ経管と同じ扱いです(同11条4項・5項) |
| 主任電気工事士 | 電気工事業の登録(届出)の控え | 親が有資格者で主として営業所の業務に従事し、選任を免れていた場合は、知った日から2週間以内の選任が要ります(電気工事業法19条2項・3項) |
| 借入と個人保証、社員の資格 | 借入契約書、金融機関ごとの残高表、従業員名簿と免状の写し | 保証は金融機関ごとに別の契約です。資格者の社員が辞めれば、上の3つと同じ問題が起きます |
社長が三つの役を兼ねている会社は、社長が退く日に三つの席が空く。
経管、営業所技術者、主任電気工事士の三つです。 従業員が数名の工事会社では、社長ひとりが全部を満たしていることが珍しくないはずです。 ここは推測ですが、親に「許可証と登録の控え、誰の名前になっているか」と聞いただけで、継ぐ話の重さの半分は見えてきます。 経管の考え方は経営業務の管理責任者のコラム、技術者の側は営業所技術者のコラムと主任電気工事士のコラムに書きました。
継がない道は、社員に譲る・第三者に引き継ぐ・畳むの三つ
継がないと決めることは、会社を終わらせると決めることとは別です。 2025年に代表者が交代した企業の承継手段を見ると、内部昇格が36.1%で最も多く、同族承継は32.3%、M&Aなどが20.6%、外部からの招聘が7.6%でした(帝国データバンク、速報値)。 親族が継いだ会社は、三分の一に届きません。
| 道 | 許可と登録 | 従業員 | 親の個人保証 |
|---|---|---|---|
| 子が継ぐ | 会社が同じなので残る。役員や資格者が変われば届出 | 会社が続くので、雇用も続く | 金融機関が、後継者に当然には引き継がせず、必要性を改めて検討する決まり |
| 社員に譲る | 株を譲るなら会社は同じで残る。譲る相手が経管などの要件を満たせるかが論点 | 会社が続くので、雇用も続く | 継ぐ場合と同じ決まり。社員が株を買う資金が別に要る |
| 第三者に引き継ぐ | 株式譲渡なら残る。事業譲渡は事前の認可が要る | 引き継ぎの条件の交渉で決まる | 解除を最終契約までに合意する運用が想定されている(M&A支援機関協会の特定事業者リストの登録事由) |
| 畳む | 廃業届を出すと許可は消え、戻らない | 会社が終わるので、雇用も終わる | 借入が残るなら、保証人としての責任が残る。整理は金融機関や弁護士と |
許可と登録の行き先は、許可・登録の承継早見表で方法ごとに条文つきで並べています。個別の可否は許可行政庁・行政書士に確認してください。
社員に譲る
番頭格の社員が、経営の経験と資格を持っているなら、いちばん話が早い道です。 壁は三つあります。株を買うお金、借入の個人保証を背負う覚悟、経管の要件を満たす経験です。 社員の側から見た論点は従業員承継のコラムに、雇用の面は従業員の雇用のページにあります。
第三者に引き継ぐ
相談先として、国が全国47都道府県(48か所)に置いた公的窓口が、事業承継・引継ぎ支援センターです。 令和7年度の新規相談者は24,030者で、開設以来はじめて24,000者を超えました。 第三者承継(M&A)の成約は2,265件で、過去最多です(中小機構)。 成約した譲渡企業の業種で建設業は11.1%、売上が1億円以下の企業が68.5%を占めます(売上3,000万円以下36.9%と、3,000万円超〜1億円以下31.6%の当社合算)。 小さな会社が使う窓口になっていることが、数字から読み取れます。 相談無料と案内しているセンターもあります(東京都多摩地域、神奈川県、山形県の案内に「無料」の文言があります)。窓口ごとに案内が違うので、最寄りの窓口で確認してください。
同じセンターに、後継者人材バンクがあります。創業を目指す個人と、後継者がいない会社を引き合わせ、創業と事業の引き継ぎを同時に支える仕組みです。 令和7年度の成約は114件で過去最多、新規登録者は1,472者、累計では11,547者になりました。 ただし、引き継ぐ個人が経管や有資格者の要件を満たせるかは、別の問題として残ります(建設業法7条)。 民間の仲介会社を使う場合は、中小企業庁のM&A支援機関登録制度の登録FA・仲介業者が3,362件です(2026年9月24日時点)。 登録の有無と手数料は、契約の前に必ず確かめてください。
畳む
畳むことも、選択肢の一つです。 帝国データバンクの集計では、2025年に休廃業・解散した企業のうち、直前の決算が黒字だった企業が49.1%でした。2016年以降で初めて5割を下回っています。 黒字のうちに畳む会社が、半数近くあるということです。東京商工リサーチの集計は黒字率52.8%で、集計の定義が違うため、どちらかに決めずに並べておきます。
ただ、建設業許可は、廃業届を出すと消え、戻りません。 工事を再開するなら、新規の許可申請からやり直しです。 値段がつくかどうかを確かめてからでも、畳むのは遅くありません。 手順は廃業届を出す前のコラムと、会社をたたむか売るかを並べたページにまとめました。
継ぐ場合の壁は、資格より経管と保証
資格は、社員が持っていればよい
主任電気工事士は、営業所ごとに有資格者を選任すれば足ります(電気工事業法19条1項)。 第一種電気工事士か、第二種電気工事士の免状を受けてから3年以上の実務経験がある人です。 営業所技術者も同じで、電気工事業なら、第一種電気工事士、第二種電気工事士で実務3年以上の人、1級・2級電気工事施工管理技士の第二次検定の合格者などが当たります(建設業法施行規則7条の3)。 子が免状を持っていなくても、持っている社員がいて、その人が辞めなければ、会社は動きます。 動かなくなるのは、親が全部を兼ねていた場合です。
経管は、役員としての年数で決まる
経管の要件は、建設業法施行規則7条1号に二つの形が書かれています。 一つは、常勤役員等のうち一人が、建設業で5年以上、経営業務の管理責任者の経験をもつ形(これに準ずる地位の経験を含む)です。 もう一つは、建設業で2年以上の役員経験をもち、かつ5年以上の役員等(または、財務管理・労務管理・業務運営を担当する、役員等に次ぐ職制上の地位)の経験をもつ常勤役員等が一人いて、財務管理・労務管理・業務運営の経験者を直接の補佐者に置く形です。
子が会社に入って日が浅いなら、これを自分ひとりで満たすのは、すぐには難しいはずです。 考えられる形は、親が経管として在任している間に、子が役員として経験を積むことです。 親が退く日までに、年数が足りるかどうかが勝負になります。 ここは条文からの推論なので、年数の数え方と確認資料は、許可行政庁の手引きで確かめてください。
保証は、当然には引き継がれない
事業承継時の経営者保証には、金融機関が守る特則があります。 原則として、前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めないこと、後継者には当然に保証を引き継がせず、必要性を改めて検討することです。 前経営者は、実質的な経営権を持たなくなれば第三者にあたる可能性があるため、保証の解除に向けた見直しが求められています。
実績の数字も出ています。 民間金融機関529機関の2025年度の実績で、代表者が交代した先への対応は、旧経営者の保証を解除し、新経営者とも結ばなかったのが16.7%(6,710件)、旧を解除し新と結んだのが40.6%(16,304件)、旧を解除せず新とも結ばなかったのが39.7%(15,932件)、両方に保証が残ったのが3.0%(1,224件)でした(金融庁)。 新経営者と保証を結んだのは、旧経営者の保証を解除した場合と残した場合を合わせて43.6%、結ばなかったのは56.4%です(件数から当社計算)。 M&Aに限らない代表者交代全体の数字で、集計値は変わる可能性があります。
金融庁は2026年5月1日に、M&A・事業承継時の経営者保証について相談シートをメールで提出できる「経営者保証情報ネットワーク」を開設しました。 保証の解除を確約するものではなく、あっせんや調停でもありません。 経営者保証の解除は専用のコラムにあります。
株の引き継ぎには期限のある税の特例がある
親族外を含む後継者へ株を贈与・相続で渡すときの、法人版事業承継税制(特例措置)があります。 特例承継計画の提出期限は、2027年9月30日です。令和8年4月1日の法改正で、従来の期限から1年半延長されました(大阪府の案内)。 親族や社員への贈与・相続が対象で、第三者へ株を売るM&Aには使えません。 使えるかどうかと税額は、顧問の税理士に確認してください。
親が元気なうちに、計画をつくる支援もあります。 センターの親族内承継支援は、現経営者と後継者の対話から課題を整理し、事業承継計画の策定を支えるもので、令和7年度の支援完了は1,903件でした。
業界の先行きは、受注が伸び、人が足りない
継ぐかどうかを決めるとき、業界の将来が気になるのは自然です。 日本電設工業協会の集計(158社)で、令和7年度の電気工事受注高は4兆964億円(4,096,395百万円)、前年比+9.7%でした。令和3年度から5年連続のプラスです。 集計の対象企業は年度ごとに違うため、伸び率で見ています。会員の集計なので、小さな会社の実感とは差があるかもしれません。
| 項目 | 電気工事業 | 建設業全体 |
|---|---|---|
| 売上高経常利益率 | 8.473% | 5.793% |
| 経常損失(赤字)の会社の割合 | 18.07% | 21.82% |
| 経営上の課題:人材不足 | 78.92% | 78.94% |
| 経営上の課題:後継者問題 | 38.77% | 38.91% |
| 今後の経営方針:現状維持 | 60.48% | 61.64% |
| 今後の経営方針:撤退 | 1.614% | 2.581% |
建設業専業企業の標本調査を、推定母集団に復元した値です。経営上の課題は上位5位までの複数回答、率は表2-2-5の値をそのまま引いています。
電気工事業の利益率は建設業全体を上回り、赤字の会社の割合は下回ります。 課題の筆頭は人材不足で、後継者問題を挙げた会社は4割弱でした。 撤退を考えている会社は1.6%で、現状維持が6割を占めます。 続ける会社が多く、課題の筆頭は人材、という並びです。継いだ会社に足りないものは、受注より人であることが多い、と読めます。
親への切り出しは、3つの質問から
「継ぐつもりはあるのか」と聞かれて困るのは、親のほうかもしれません。 継ぐ継がないの前に、答えやすい質問を三つ渡します。
- 許可証と登録の控えは、誰の名前になっているか。 経管、営業所技術者、主任電気工事士が誰かを知るための質問です。
- 借入の一覧と、保証人が誰かを見せてもらえるか。 金融機関ごとに別の契約です。見せてもらうだけで、継ぐ・継がないの話は始めなくてかまいません。
- いつまで続けたいか。続けられなくなったとき、社員はどうなってほしいか。
答えを今日もらう必要はありません。 親の側から見た読み物は家族に話すためのページにあります。 親がなかなか話してくれないときは、センターの親族内承継支援を、子の側から先に使う道もあります。
家族会議のための一枚
親の会社の現状を、家族の前で書き込むための一枚です。 空欄のまま、印刷してお使いください。
電設承継パートナーズ(松本電業株式会社)|親の会社の現状を確かめる一枚|2026年10月14日版
| 確かめること | 現状(書き込み) |
|---|---|
| 会社の形(法人か個人事業か)、株主と持ち分 | |
| 建設業許可の業種・許可番号・有効期限 | |
| 経営業務の管理責任者(経管)は誰か | |
| 営業所技術者は誰か(営業所ごと) | |
| 主任電気工事士は誰か(営業所ごと)。社長の兼任か | |
| 借入先・残高・親の個人保証の有無 | |
| 社員の人数と、持っている資格 | |
| 顧問の税理士・行政書士、取引金融機関の担当者 | |
| 親の考え(続ける/社員に譲る/第三者に引き継ぐ/畳む) | |
| 子の考えと、決める日 |
許可・登録の取扱いは、許可行政庁・登録した都道府県または経済産業省と、行政書士に確認してください。
よくある質問
継がないのは、親不孝ですか。
電気工事士の資格がなくても、会社を継げますか。
親の会社の借金は、継ぐと自分の借金になりますか。
女性でも継げますか。
親が会社の先のことを話してくれないときは、どうしますか。
継ぐと決めたあとで、やっぱり無理だとなったら、どうなりますか。
出典
- 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査」(2025年)
- 帝国データバンク「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2025年)」(2026年1月9日)
- 中小機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」(2026年5月29日)
- 事業承継・引継ぎポータル(中小機構):センター一覧
- e-Gov 建設業法施行規則 第7条
- e-Gov 電気工事業の業務の適正化に関する法律 第19条
- e-Gov 会社法 第104条
- e-Gov 民法 第915条
- 東京商工リサーチ「2025年 休廃業・解散企業」動向調査
- 全国銀行協会掲載「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」
- 金融庁「『経営者保証に関するガイドライン』等の活用実績(2025年度)」(2026年6月26日)
- 金融庁「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」
- 大阪府「法人版事業承継税制(特例措置)」特例承継計画の提出期限の案内
- 日本電設工業協会「令和7年度 電気工事受注高」(2026年7月29日)
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」特例承継計画の提出期限
- 国土交通省「令和6年度建設業構造実態調査」
- 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」登録FA・仲介業者の件数(2026年9月24日時点)
条文は e-Gov 法令検索の2026年10月14日取得分です。数字は各出典の公表時点のもので、制度は改正されます。個別の判断は、許可行政庁・行政書士・税理士・弁護士に確認してください。