この会社を欲しがる会社は、いると思いますか
この記事で崩す思い込み 「うちみたいな会社を欲しがる人などいない」
地方都市で電気工事を営む会社です。社長は68歳。
- 年商
- 1.2億円
- 営業利益
- 50万円(ほぼトントン)
- 職人
- 5名(社長を除く)
- 第一種電気工事士
- 2名(いずれも60代)
- 主な仕事
- 工場・ビルの
電気設備の改修と保守 - 独自の技術・特許
- なし
この会社を欲しがる会社は、いると思いますか。いるとしたら、なぜでしょうか。
分からないと思います。それでいいです。
この問題は、営業利益50万円という数字から考え始めると、必ず外れるようにできています。買い手が見ているのは、別の行です。
「うちを欲しがる会社などいない」は、決算書の見方から来ている
「うちには特別な技術があるわけじゃない」「大きな元請を持っているわけでもない」「儲かってもいない」。だから欲しがる人などいない。
この判断は、損益計算書を上から下に読んだ結果として、筋が通っています。ただ、買い手はそこを読んでいません。
実際に何が起きているかを、まず数字で見ます。国が運営する事業承継・引継ぎ支援センターの令和7年度の第三者承継(M&A)成約は2,265件で、過去最多でした。そのうち売上1億円以下の会社が68.5%(3,000万円以下36.9%と、3,000万円超〜1億円以下31.6%を当社が合算)。業種別では建設業が11.1%を占めます。
成約の7割近くを、小さい会社が占めています。例題の年商1.2億円が入る「1億円超〜5億円以下」も26.2%あります。小さい会社は引き継がれていないのではなく、現に引き継がれています。
値段がつくかどうかと、儲かっているかどうかは、別の問いです。買い手が何を欲しがっているかを知らないまま自社を評価すると、「値段がつかない」という結論になりやすい。
では買い手は何を見ているのか。
この規模の会社で買い手が値段をつけているのは、利益より先に、募集をかけても来ない人がすでに座っていることだ。
人は、募集しても来ない
買い手の評価の基準を公式に示した資料はありません。以下は、公表された数字から当社がそう読んだ、という話です。そのうえで、これは採用の巧拙の話ではありません。母数の話です。
総務省「労働力調査」2025年平均の就業者数をもとに当社が計算。建設業478万人のうち55歳以上175万人・29歳以下57万人、全産業6,828万人。国土交通省の公表値ではない。
就業者の3人に1人以上が55歳以上で、29歳以下は8人に1人ほどです。この構成の業界で「若手を5人採る」と決めても、採用条件を良くすれば解決するという話にはなりません。そもそも市場にいないからです。
電気工事の現場に絞った国の調査もあります。経済産業省が令和6年度に電気工事業者へ行ったアンケートでは、電気工事士などの人手が「大いに不足」「やや不足」と答えた事業者が7割。直近5年間に採用活動をした事業者は6割超で、そのうち8割近くが採用目標に届いていません。国土交通省の令和6年度の調査では、電気工事業者が挙げた経営上の課題(上位5つまでを選ぶ複数回答)で、最も多かったのは「人材不足」の78.92%でした。「後継者問題」は38.77%です。
人がいないことは、会社を倒します。人手不足倒産は、従業員の離職や採用難、人件費の高騰などを原因とする倒産です。2025年は427件で3年連続の過去最多、建設業が113件で初めて100件を超えました。2026年度上半期(4〜9月)も225件で、年度上半期として4年連続の過去最多。建設業が70件で最も多くなっています。
仕事が足りないのではなく、人が足りないことで倒れる会社が増えている。この業界では、制約が需要側から供給側に移っています。
人手不足は、コストの問題から存続の問題に変わりました。だから買い手にとって、人の確保は投資ではなく防衛です。
第一種電気工事士は、国の推計でも足りなくなる見通し
職人の頭数だけの話でもありません。
経済産業省が2018年3月に電力安全小委員会へ出した資料では、第一種電気工事士が2045年に約2.4万人不足する見通しが示されています。第二種の不足見通しは約0.3万人ですから、足りないのは第一種に集中しています。この推計は2017年度の調査にもとづき、電気工事の完成工事高が2045年に2015年比で25%減ることを仮定したうえでの数字です。そのままの前提が現在も続くとは限りませんが、不足の方向と規模感を示した公的な資料はこれです。
なぜ第一種だけが足りないのか。第一種は高圧の設備を扱える資格で、試験に受かっただけでは免状が出ず、実務経験が必要になります。お金を積んでも、来年には増やせません。合格者の数にも差が出ています。電気技術者試験センターの発表では、令和7年度の第二種の最終合格者が71,471人であるのに対し、第一種の技能試験の合格者は16,509人。第二種の約4分の1です。
ここが、買い手の行動を決めています。
| 外から見た印象 | 数字から見える買い手の事情 |
|---|---|
| 会社を買うのは事業を広げるため | 人手が足りない事業者が7割。採用活動をした事業者の8割近くが目標に届かない |
| 利益の出ている会社を探している | 人と資格が揃っていることが、買う理由になりうる |
| 技術や特許に価値を置く | 明日から現場が回ることに価値を置く |
| 採用でまかなえるなら採用する | 第一種の有資格者は、採用で増やしにくい |
仕事のほうは、増える
人が減る一方で、需要は増えます。
IDC Japanの2025年4月の予測では、国内のデータセンター建設投資は2024年の約4,000億円から、2028年には1兆円を超えるとされています。生成AI向けの計算設備が増えれば、受変電設備も配電盤も、それを据え付けて結線する人も必要になります。
実際に、電気設備工事の大手5社のうち、きんでん、関電工、クラフティア、トーエネックの4社が2026年3月期に増収増益でした(決算の報道による)。
儲かっているのに人がいない。この2本の線が交差するところに、買い手が立っています。
上場企業も、同じ構造で買っている
規模を上げると、この構造がはっきり見えます。以下はいずれも公表されている情報で、当社が関与した案件ではありません。
大和ハウス工業は2025年10月、住友電設を約2,920億円でTOB(株式公開買付け)すると発表しました。同社にとって過去最大の買収です。内訳はTOB約1,700億円と自己株取得約1,220億円、買付価格は1株9,760円。狙いは、データセンターや半導体工場の建設需要に対する施工力の垂直統合と報じられています。
きんでんは2026年5月25日に弘電社へのTOBを発表し、7月13日に弘電社株式の42.53%を取得しました。弘電社は、三菱電機が51.36%を持つ親会社でした。きんでんは株式併合と自己株式取得を経て、2026年9月30日付で弘電社を完全子会社にしています。弘電社は電気工事に加えて、汎用電気機器・産業用電気電子機器・冷熱住設機器の商品販売事業を持つ会社です。
大手が買うだけでなく、大手が協力会社の側を支える計画も出ています。日本電設工業は、成長投資750億円の用途に「施工体制強化や新規事業に通じるM&A」と並べて、「協力会社へ採用や事業承継などの支援の強化」を挙げています。
電材商社の側でも同じことが起きています。因幡電機産業は、東光電機産業(2001年)、パトライト(2013年)を買収し、春日電機(2009年)は更生会社から事業を譲り受けてきました(同社の沿革による)。
規模はまったく違っても、足りないものは同じです。自前で育てる時間がないから、すでに動いている組織ごと引き受けます。
2,920億円を払って施工力を確保する会社がある以上、職人5名の会社にも、同じ論理が当てはまる余地があります。
買い手は同業だけではない
「買い手」と聞いて、多くの方が近隣の同業を思い浮かべます。実際には、性格の違う相手が5種類います。どれが来るかで、第1回で見た「年数」も動きます。
| 買い手の類型 | 動機と、見え方 |
|---|---|
| 同業の電気工事会社 | 隣接エリアなら、人と許可をそのまま戦力にできる。相手も中小なので、資金力には上限がある |
| 電力系・大手のサブコン | 施工力とエリアの補完。上場の大手は、中期経営計画でM&Aを成長投資の用途に挙げている |
| 異業種の大手(ゼネコン、不動産、設備) | 外注していた工程を内製化したい。大和ハウスの例がこの型 |
| 電材商社 | 販売に加えて、川下の工事や盤の製造へ出る会社もある。全日本電設資材卸業協同組合連合会に加盟する組合の所属会社は約700社(同連合会のサイトによる) |
| 投資ファンド | 小さな会社を複数まとめて一つの規模にする狙い。経営体制の整備を求められるが、屋号や従業員が維持されやすい設計を選べる場合もある |
この5つは、業種の境界をまたいで重なります。配電盤メーカーを電材商社が買うことがあります。電気工事会社が電気通信工事会社を買うこともあります。建設業許可の業者数(令和8年3月末)を見ると、電気工事業は66,534業者、電気通信工事業は16,764業者で、後者は平成12年比で54.5%増えています。伸びている領域へ、隣の業種から人が入ってくる。
買い手を同業の中だけで数えると、母数を実際より小さく見積もることになる。
業種ごとの買い手の顔ぶれは配電盤・制御盤製造や電材卸・電設資材商社にも書きました。いま買い手が何を探しているかは買い手のニーズに、買い手として登録する方法は買い手の方へにまとめています。大手の中期経営計画や件数の動きなど、いま誰が買っているかの全体像は電設インフラの会社を、いま誰が買っているのかにあります。この記事は、その買い手がなぜ値段をつけるのか、の側です。
買い手が本当に見ているのは、決算書ではなく人です
ここまでは良い話です。ここから先は、そうでもありません。
買い手が買っているのが人なら、話は逆にも効きます。
その人がいなくなった瞬間に、買う理由も消える。「欲しがる会社がいる」は、無条件ではありません。
ここまでの話から、買い手が確認する点は3つに絞れます。
- 職人が譲渡後も残るか。年齢構成はどうなっているか
- 資格者が社長本人だけになっていないか
- 仕事が会社に来ているのか、社長個人に来ているのか
3つ目が、いちばん厄介です。
小さい会社では、社長がいちばん現場を知り、いちばん動ける。だから見積も、元請との折衝も、職人の手配も、自然と社長に集まります。これは属人化という失敗ではなく、その規模でいちばん合理的だった形です。5人の会社で権限を分散させるほうが、むしろ不自然でした。
ただ、買い手から見ると同じものが「社長が抜けたら取引が続かないかもしれない会社」に見えます。同じ事実が、立ち位置によって逆の意味を持つ。
そして資格と許可については、いなくなってから埋めるのに時間がかかります。建設業許可には、経営業務の管理体制を満たす人(経営業務の管理責任者、または一定の経験を持つ常勤役員と補佐者の組み合わせ)が要ります。電気工事業法では、一般用電気工事を行う営業所ごとに主任電気工事士を置きます。ただし事業者本人(法人は役員のいずれか)が有資格者で、その営業所の業務に主として従事する場合は、選任が要りません。どちらも社長本人が担っている会社では、退任すると要件を欠くことがあります。欠けたときは、主任電気工事士の選任も、許可の体制の届出も、2週間以内です。詳しくは経営業務の管理責任者が退任・死亡したら|建設業許可を残す3つの手と2週間の期限と主任電気工事士がいない・退職したらに、許可全体の見取り図は許可の一覧にあります。値段への効き方は第1回で計算しています。
では、答え合わせをします
最初の問題に戻ります。数字は変えていません。
- 年商
- 1.2億円
- 営業利益
- 50万円(ほぼトントン)
- 職人
- 5名(社長を除く)
- 第一種電気工事士
- 2名(いずれも60代)
- 主な仕事
- 工場・ビルの
電気設備の改修と保守 - 独自の技術・特許
- なし
この会社を欲しがる会社は、いると思いますか。いるとしたら、なぜでしょうか。
自分で考えてから開く
います。ただし、営業利益50万円を欲しがっているのではありません。
買い手が見ているのは、この2行です。
この2行は決算書のどこにも金額として載らない。だが買い手にとっては、ここだけが調達しにくい項目にあたる。
この5名を、買わずに自前で揃えるとどうなるかを考えます。
採用市場に人がいません。建設業就業者の55歳以上は36.6%、29歳以下は11.9%。電気工事士などの人手が不足している事業者は7割で、採用活動をした事業者の8割近くが採用目標に届いていません。若手の母数が全産業より薄い業界で、5名を集めるのは条件の問題ではありません。
第一種はさらに採れません。2045年に約2.4万人不足する見通し(2017年度の調査にもとづく推計)で、免状には実務経験が要ります。採用でも研修でも、来年には増えません。
採れないと会社が倒れます。人手不足倒産は2025年に427件、建設業だけで113件で、初の100件超。2026年度上半期も建設業が70件で最多でした。
それでも仕事は増えます。データセンター建設投資は2024年の約4,000億円から2028年に1兆円超の予測。大手5社のうち4社が2026年3月期に増収増益。
つまり買い手にとっての選択肢は、「この会社を買う」対「5人を採用する」ではありません。「この会社を買う」対「5人を採用できない」です。
営業利益がトントンでも、この5名が明日から現場に立てることには値段がつきます。上場企業が2,920億円を払って施工力を確保しているのと、足りないものは同じです。
条件をひとつだけ変えると、買い手の顔ぶれが変わる
第一種電気工事士2名のうち、1名が32歳だった場合を考えます。ほかの数字はすべて同じです。
年商も、営業利益50万円も、職人5名も動きません。動くのは、買い手の側の見え方です。
総務省の令和2年国勢調査では、電気工事従事者は全国で505,940人、平均年齢は47.7歳でした。全就業者の48.0歳とほぼ同じで、大工の54.2歳、左官の56.8歳よりは若い数字です。業界の平均がその水準にあるなかで、有資格者2名がどちらも60代の会社は、平均より高齢側に寄っています。
- 60代2名の場合、買い手は「数年後に自分でもう一度この問題を解く」ことになります。買った時点で不足の時計が動いている
- 1名が32歳なら、その時計が20年以上先に伸びます
同じ会社です。決算書の数字は1円も違いません。それでも、打診できる相手の数と、相手の本気度は変わりうる。
逆向きにも効きます。2名のうち1名が来年退職を考えている、という状態は、いま話をするかどうかで結果が変わる数少ない項目です。
決算書の数字が同じでも、買い手の見え方は変わる。人の年齢構成は、決算書に出ないまま自社の選択肢の幅を決めている。
欲しがられることと、売ることは別です
買い手がいると分かったからといって、売る理由にはなりません。
むしろ、この記事に書いた構造は、続ける側にとっても有利です。人と資格が揃っている会社は、人がいない業界で仕事を選べる側に回ります。国土交通省の令和6年度の調査で、電気工事業者が挙げた今後の経営方針は「現状維持」が60.48%、「撤退」は1.614%でした。続けるのは多数派の、まっとうな選択です。売らずに、若手を1人採る判断のほうが正しいこともあります。それも同じ重さの結論です。
ただ、自社を欲しがる相手が誰なのかを知らないまま決めるのは、もったいない。相手が分かっていないと、続ける判断も、渡す判断も、材料が足りません。
軽いものから並べます。
- 買い手が探しているもの:いまどんな条件の会社に打診が来ているかを、業種別に見られます。読むだけです
- 承継準備チェックリスト:資格者・許可・取引先の依存度を21項目で確認します。印刷して社内でお使いいただけます
- 企業価値の目安を診断する:第1回と同じ計算を、入力しながら試せます。入力内容は送信されません
- 相談する:「うちを欲しがる相手はどの類型か」の確認だけでも結構です
あわせて読むなら、電気工事会社の事業承継とM&Aと、当社がどの立場で関与するかを書いた利益相反に関する方針を。許可を持つ会社を引き継ぐ側の条件は建設業許可は買える?に書きました。実際に相手に当たり始めるとき何が起きるかは電話を1本かけた時点で、あなたはいくつの義務を負いますか、借入を抱えたまま話を進める場合は借入5,000万円の会社は、売れますへ。
参照した一次資料
- 総務省統計局「労働力調査 基本集計 第II-2-1表(年齢階級,産業別就業者数)」をもとに当社が計算 (2025年平均(2026年1月30日公表))
- 総務省「令和2年国勢調査 抽出詳細集計」第9-1表(職業別の就業者数・平均年齢) (2020年10月(2022年12月27日公表))
- 国土交通省「令和6年度建設業構造実態調査」 (令和6年度調査)
- 帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年)」 (2026年1月)
- 帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2026年度上半期)」 (2026年10月7日)
- 経済産業省 産業構造審議会 電力安全小委員会(第16回)資料5「電気保安人材の中長期的な確保に向けた課題と対応の方向性について」 (2018年3月12日(平成29年度の調査にもとづく推計))
- 経済産業省 電気保安制度WG(第16回)資料1-2(電気工事業者へのアンケート) (令和6年度調査・2026年2月公表)
- IDC Japan「国内データセンター建設投資予測」 (2025年4月)
- 日経クロステック「大和ハウス工業による住友電設のTOB」 (2025年10月)
- きんでん「株式会社弘電社の完全子会社化に関するお知らせ」 (2026年9月30日)
- 日本M&Aセンター「きんでんによる弘電社のTOB」(弘電社の事業内容、公開買付価格) (2026年5月)
- ITmedia ビジネスオンライン(BUILT)「電気設備工事大手5社、4社で増収増益 2026年3月期決算」 (2026年4月30日)
- 日本電設工業「経営計画2024」(成長投資の用途) (2025年6月12日)
- 因幡電機産業 沿革
- 中小機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」 (令和7年度(2026年5月29日公表))
- 国土交通省「建設業許可業者数調査の結果について(令和8年3月末現在)」 (2026年5月15日公表)
- 全日本電設資材卸業協同組合連合会(全日電材連)
- 電気技術者試験センター「第二種電気工事士試験 結果」「第一種電気工事士試験 結果」(令和7年度) (令和7年度)
- e-Gov法令検索「建設業法」第11条第5項(経営業務の管理体制の基準を欠いたときの届出) (2026年10月14日に現行版を確認)
- e-Gov法令検索「電気工事業の業務の適正化に関する法律」第19条(主任電気工事士の設置) (2026年10月14日に現行版を確認)
記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。
この記事について、よくいただく質問
赤字の会社でも、買い手はつきますか。
どの類型の買い手が、いちばん高い値段をつけますか。
従業員に知られずに買い手を探すことはできますか。
知りたかったことは分かりましたか
2026年7月26日(2026年10月14日 更新)/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)