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入門ガイド 3/6 「続けるか、渡すか」を考える 約9分

借入5,000万円の会社は、売れます

この記事で崩す思い込み 「借金があるから売れない」

まず、この問題を見てください

首都圏で配電盤・制御盤を製造している会社です。

社長
68
年商
2億5,000万円
実質的な営業利益
2,000万円
純資産
1,000万円
借入金
5,000万円
借入の内訳
運転資金 3,000万円
10年前の加工機 2,000万円(稼働中)
代表者保証
借入5,000万円の全額に付いている
設計ができる社員
社長のほか2
取引
直需3割・盤商社経由7割
社長の意向
引き継ぎのため2年は残れる

この会社は、売れると思いますか。売れるとしたら、いくらでしょうか。

分からないと思います。それでいいです。

純資産1,000万円に対して、借入は5,000万円。純資産の5倍あります。これを見て「売れるわけがない」と感じたなら、その感覚はごく自然なものです。ご相談で最初に出てくる言葉のかなりの部分が、「うちは借金があるので」から始まります。

ただ、この問題の答えは借入の額では決まりません。決めているのは、その2行下——代表者保証のほうです。

この記事を最後まで読むと、同じ問題が解けるようになります。9分ほどです。なお、営業利益の引き直し(役員報酬や保険料を足し戻す作業)は第1回で扱ったので、ここでは済ませたあとの数字を置いています。この会社は記事のために作ったモデルで、実在の会社ではありません。

借入は、会社に残ったまま買い手に渡る

いちばん大きな誤解から外します。

株式を譲渡するというのは、会社の持ち主が変わるということです。会社そのものは法人としてそのまま続きます。だから資産も負債も、会社に残ったままです。工場も、加工機も、売掛金も、そして借入も。

買い手は、借入がついたままの会社を買う。社長が個人で清算してから渡すのではない。

この手続きは要らない、というより、できません。借りているのは会社であって、社長ではないからです。

配電盤の製造は、板金・加工機・塗装・試験設備を抱える商売です。配電盤・電力制御装置製造業の事業所は全国で2,234。そのうち65.0%が従業者20人未満です(工業統計、『第14次業種別審査事典』)。設備を持ちながら20人未満で回している会社が大半で、そこに設備資金の借入があるのは、例外ではなく標準的な姿です。

株式譲渡では、借入は会社に残ったまま買い手に渡る。借入があること自体は、譲渡の障害になりません。

ひとつだけ例外があります。株式ではなく事業だけを切り出して渡す「事業譲渡」の場合、負債は自動では移りません。移すなら債権者ごとに個別の手続きが要ります。この記事は株式譲渡を前提に書いています。

値段の計算に、借入はもう入っている

次によくあるのが、「借入の分だけ値段から引かれるのだろう」という受け止めです。

これも起きません。理由は、純資産という数字の作り方にあります。

資産の合計1億2,000万円
− 負債の合計(うち借入5,000万円)1億1,000万円
純資産1,000万円

純資産は、借入を差し引いたあとに残る正味の財産。借入5,000万円は、この1行の中でもう引かれている。

そのうえで、第1回で使った式にあてはめます。会社の値段 = 純資産 + 実質的な営業利益 × 年数。この式のどこにも「借入」という項目は出てきません。書き忘れているのではなく、純資産の計算のなかで済んでいるからです。ここで改めて借入を引けば、同じ負債を二度引くことになります。

借入が効いてくるのは、額そのものではなく、返済が事業のキャッシュフローに対して重すぎる場合です。毎年の元本返済が実質的な営業利益を超えていれば、買い手は「買った翌年から持ち出しになる」と読みます。ただしそれは価格の話ではなく、買ったあとの資金繰りの話として検討されます。返済期間の組み替えで解ける場合もあります。

借入の中身で、買い手の見方は変わる

買い手が決算書と一緒に必ず出してもらうのが、借入金の一覧です。金融機関ごとの残高、金利、返済期限。そして何のために借りたか

見ているのは一点だけで、その借入に対応する資産があるかです。

運転資金の借入3,000万円は、売掛金と在庫と仕掛品に姿を変えています。配電盤は受注から設計・製造・検査・納品まで数か月かかり、そのあいだの材料費と人件費が先に出ていきます。つまりこの3,000万円は、事業が回っていることの裏返しです。

設備資金の借入2,000万円は、10年前に入れた加工機になっています。その機械がいまも稼働しているなら、負債と資産が対応しています。買い手は「機械つきで買える」と読みます。

問題になるのは、対応する資産が消えている借入のほうです。

説明がほとんど要らない借入説明が必要になる借入
運転資金(売掛・在庫に対応している)使途がはっきりしない借入
稼働している設備への借入止まっている設備・遊休資産への借入
借換えで金利を下げたもの社長個人への貸付の原資になっているもの
制度融資・保証協会付きのもの関連会社の赤字を埋めた分・過去の累積赤字の穴埋め

右側にあるものが、そのまま減額になるわけではありません。説明できれば通ります。 買い手が嫌うのは負債の存在ではなく、聞いても答えが返ってこないことのほうです。逆に言えば、右側に心当たりがあるなら、いま社内で整理しておけば済む話です。

買い手が見ているのは借入の額ではなく、その借入に対応する資産があるか。対応が説明できれば、額の大小は論点になりません。

純資産がマイナスでも、値段はつく

では、純資産がマイナスならどうなるか。いわゆる債務超過です。

同じ会社で、純資産だけを −2,000万円に置き換えてみます。

純資産−2,000万円
+ のれん2,000万円 × 3年 = 6,000万円
目安およそ 4,000万円

のれんが債務超過を上回れば、値段は正の数になる。計算上は、これで成立する。

計算はこうなります。ただし、ここは正直に書きます。

債務超過の会社は、買い手の社内で稟議が通りにくくなります。買収したあと、買い手の連結決算に債務超過の子会社がぶら下がるからです。値段がつくことと、買い手が見つかることは別の問題で、候補の数は確実に減ります。

もうひとつ。債務超過には二種類あります。回収できない売掛金や、何年も動いていない在庫を実勢で評価し直した結果マイナスになる会社。これは中身どおりです。一方、含み益のある土地や工場を簿価のまま載せているために、帳簿上だけマイナスに見えている会社もあります。後者は、資産を時価で置き直した時点で解消することがあります。どちらなのかは、決算書の純資産の行を見ただけでは分かりません。

事業承継・引継ぎ支援センターが令和6年度に成約させた第三者承継は2,132件。そのうち68.0%は売上1億円以下の会社でした(中小企業基盤整備機構)。小さい会社の譲渡が、現にこれだけ成立しています。

本当の論点は、借入ではない

ここからが、この記事の本題です。

株式を譲渡すれば、会社は買い手のものになります。借入も会社と一緒に渡ります。ここまではそのとおりです。

渡らないものが、ひとつだけあります。

代表者保証は、株式を渡しても外れない。会社は渡したのに、保証だけが自分に残る。これは実際に起こり得ます。

なぜそうなるのか。保証は、社長個人と金融機関が結んだ契約だからです。会社の株式を誰が持っているかとは、まったく別の契約です。だから株主が変わっても、その契約は何の影響も受けません。保証契約書に「株主が変わったら保証は消滅する」とは書かれていない。書かれていないから、残ります。

これは、うっかりしていたという話ではありません。中小企業の融資は、代表者が保証に入ることを前提に組み立てられてきました。社長は、会社を続けるためにその前提を受け入れた。そのとき、その保証が会社を渡す場面でどう扱われるかまで説明を受けた人は、多くありません。融資の仕組みと、承継の場面とが、そもそもつながっていない。 そこに落ちる話です。

なお、借入契約や取引基本契約のなかに、株主が変わる場合は事前の通知や承諾を要する、という条項が入っていることがあります。譲渡を検討し始めたら、金銭消費貸借契約書もあわせて見ておく価値があります。

続ける・渡す・たたむで、借入と保証の行き先は変わる

借入と保証がどこへ行くかは、選ぶ道によって変わります。3つ並べます。

借入の行き先代表者保証
続ける会社が返し続ける自分に付いたまま
渡す(株式譲渡)会社に残り、買い手が引き継ぐ契約で解除を設計できる
たたむ(廃業・清算)資産を処分して返済。足りない分が残る足りない分が保証人のところへ来る

どれが良いという話ではありません。続けるというのは、ずっとまっとうな選択です。事業が回っていて返済も進んでいるなら、急いで動く理由はありません。資産で返し切れる会社なら、廃業もきれいな終わり方です。

ただ、3つ目だけは性質が違います。会社をたたむとき、資産を売っても返し切れなかった借入は、消えずに保証人のところへ来ます。借金があるからたたむしかない、という結論が、いちばん借金を個人に寄せる選択になり得る。 ここは知っておいていただきたいところです。

2025年に休廃業・解散した企業の代表者は、90.6%が60代以上でした。80代以上が34.0%を占めます(東京商工リサーチ)。その多くは、返せる状態のうちにきちんと終えた会社だと思います。ただ、どの道を選ぶにしても、自社の借入と保証がどこへ行くのかを先に確かめておく価値はあります。

保証を外すことは、契約で設計する

では、どうやって外すのか。

はっきりさせておくと、外れるかどうかを決めるのは金融機関です。 仲介会社が「外せます」と言い切れるものではありません。私たちも断定しません。

できるのは、外れるように段取りを組むことと、外れなかった場合にどうするかを先に決めておくことです。

  • 譲渡の話が具体化した段階で、買い手・金融機関との協議を始める(実行の直前ではなく)
  • 買い手側の保証に差し替えるのか、買い手側で借り換えるのかを決める
  • 譲渡契約に「保証の解除をクロージング(実行)の条件とする」と書く
  • それでも解除されない借入が残る場合に備え、買い手が代わりに弁済する、または損害を補償する条項を置く
  • 解除されたことを、金融機関からの書面で確認する

保証は「外れるはず」で進めない。誰が・いつ・何を条件に協議し、外れなかったらどうするかまで、契約に書く。

ここで効いてくるのが、買い手の信用力です。金融機関が保証人を差し替えるということは、新しい保証人を審査するということでもあります。買い手にその体力がなければ、話は前に進みません。だから「いくら出すか」だけでなく「保証を引き取れるか」が、買い手を選ぶときの基準になります。

この協議が手続き全体のどこに入るかは譲渡の進み方に、買い手の顔ぶれについては買い手についてにまとめています。

では、解いてみましょう

最初の問題に戻ります。数字は変えていません。

最初の問題を、もう一度
社長
68
年商
2億5,000万円
実質的な営業利益
2,000万円
純資産
1,000万円
借入金
5,000万円
借入の内訳
運転資金 3,000万円
10年前の加工機 2,000万円(稼働中)
代表者保証
借入5,000万円の全額に付いている
設計ができる社員
社長のほか2
取引
直需3割・盤商社経由7割
社長の意向
引き継ぎのため2年は残れる

この会社は、売れると思いますか。売れるとしたら、いくらでしょうか。

自分で考えてから開く

まず、売れるかどうか。

借入5,000万円は会社に残り、買い手が引き継ぎます。運転資金3,000万円は売掛と在庫に、設備資金2,000万円は稼働中の加工機に対応しています。説明が要る借入はありません。売れます。

次に、いくらか。年数を決めます。基準を3年として、

  • 設計ができる社員が社長のほかに2名 …
  • 加工機が稼働していて、借入と資産が対応している …
  • 直需3割(商社経由だけに依存していない) …
  • 社長が2年残れる …
  • 純資産が薄い(1,000万円) …

プラス材料が揃っているので、この会社は3年前後に置けます。

純資産1,000万円
+ のれん2,000万円 × 約3年
目安およそ 6,000万円〜8,000万円

借入5,000万円のほうが、純資産1,000万円よりずっと大きい会社です。それでも、値段はその借入を上回ります。借入の額と、会社の値段は、別々に決まっています。

条件をひとつだけ変えると、こうなります

ここからが、いちばんお伝えしたいところです。

数字はどれも変えません。変えるのは一点だけ。代表者保証が外れるかどうかです。

保証が外れた場合/受け取る額約7,000万円
保証が外れた場合/背負い続けるものなし
保証が残った場合/受け取る額約7,000万円
保証が残った場合/背負い続けるもの5,000万円の保証

譲渡価格は1円も変わりません。数字はこの記事の前提に基づく試算です。

価格は同じでも、残るものが違う。会社を渡すというのは、株式を渡すことではなく、保証まで渡し終えることです。

しかも、保証が残ったまま数年が経つと、外すのはさらに難しくなります。譲渡のときは買い手も金融機関も交渉のテーブルにいますが、終わってしまえば、あとから外してほしいとお願いするだけの立場になります。外すなら、まだ全員がテーブルについているうちです。

自社の借入は、二つに分けられる

もう仕組みは分かっています。

あとは、借入金一覧を開いて、それぞれに対応する資産があるかを確かめること。そして、どの借入に自分の保証が付いているかを、金融機関に確認すること。この2つだけです。どちらも、売ると決めていなくてもできます。

確かめた結果、「この返済ペースなら、あと数年は自分で続けたほうがいい」という結論になることもあります。それも正しい結論です。 ご相談を受けて、私たちがそうお伝えすることもあります。売っていただくために書いた記事ではありません。

軽いものから並べます。

  1. 企業価値の目安を診断する — 借入と純資産を入れて、この記事と同じ計算ができます。入力内容は送信されません。お名前も連絡先も不要です
  2. 承継準備チェックリスト — 代表者保証の確認項目も入っています。印刷して社内でお使いいただけます
  3. メールで続きを受け取る — 新しい記事をまとめてお送りします。いつでも解除できます
  4. 相談する — 「うちの保証がどうなっているか」を一緒に確認するだけでも結構です

あわせて読むなら、配電盤・制御盤メーカーの事業承継とM&A手数料の全額開示を。債務を引き受けてでも買う相手が誰なのかはこの会社を欲しがる会社は、いると思いますか、保証の話を実際に切り出す段取りは電話を1本かけた時点で、あなたはいくつの義務を負いますかに書きました。仲介が誰の側に立つかについては利益相反に関する方針に書いています。

参照した一次資料

記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。

この記事について、よくいただく質問


借入がある会社は、譲渡価格から借入額が引かれるのですか。
株式譲渡では、借入は会社に残ったまま買い手に渡ります。そして純資産は、借入をすでに差し引いたあとに残る正味の財産です。だから「価格からさらに借入を引く」という二重の控除は起きません。ただし、決算書に載っていない負債——未払残業代、未計上の退職金、係争中の案件など——が見つかれば、それは価格の調整対象になります。借入そのものより、簿外の負債のほうが価格を動かします。
代表者保証は、株式を譲渡すれば自動的に外れますか。
外れません。保証は社長個人と金融機関のあいだで結ばれた契約で、会社の株式を誰が持っているかとは別の契約だからです。外すには金融機関の同意が要り、通常は買い手が代わりに保証に入るか、買い手側で借り換えるかたちを取ります。だから譲渡契約のなかで「保証の解除を実行の条件とする」「解除されない借入が残った場合にどうするか」を先に決めておきます。ここを口約束で済ませると、会社だけ渡して保証が残る事態が起こり得ます。
債務超過でも買い手はつきますか。
つくことがあります。年買法では純資産がマイナスでも、営業権(のれん)がそれを上回れば値段は正の数になります。ただし、債務超過の会社は買い手の社内で稟議が通りにくく、候補の数は確実に減ります。値段がつくことと、買い手が見つかることは別の問題です。また、回収できない売掛金や動いていない在庫を評価し直した結果の「実質的な債務超過」と、含み益のある不動産を簿価のまま載せているための「帳簿上だけの債務超過」では、話がまったく違います。

2026年7月26日/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)

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