借入5,000万円の会社は、売れます
この記事で崩す思い込み 「借金があるから売れない」
首都圏で配電盤・制御盤を製造している会社です。
- 社長
- 68歳
- 年商
- 2億5,000万円
- 実質的な営業利益
- 2,000万円
- 純資産
- 1,000万円
- 借入金
- 5,000万円
- 借入の内訳
- 運転資金 3,000万円
10年前の加工機 2,000万円(稼働中) - 代表者保証
- 借入5,000万円の全額に付いている
- 設計ができる社員
- 社長のほか2名
- 取引
- 直需3割・盤商社経由7割
- 社長の意向
- 引き継ぎのため2年は残れる
この会社は、売れると思いますか。売れるとしたら、いくらでしょうか。
分からないと思います。それでいいです。
純資産1,000万円に対して、借入は5,000万円。純資産の5倍あります。これを見て「売れるわけがない」と感じたなら、その感覚はごく自然です。決算書の数字だけを見れば、危うい会社に見えます。
ただ、この問題の答えは借入の額では決まりません。決めているのは、その2行下の代表者保証のほうです。
営業利益の引き直し(役員報酬や保険料を足し戻す作業)は第1回で扱いました。ここでは済ませたあとの数字を置いています。この会社は例として作ったモデルで、実在の会社ではありません。
借入は、会社に残ったまま買い手に渡る
いちばん大きな誤解から外します。
株式を譲渡すると、会社の持ち主が変わります。会社そのものは法人としてそのまま続くので、資産も負債も会社に残ります。工場も、加工機も、売掛金も、借入もです。
買い手は、借入がついたままの会社を買う。社長が個人で清算してから渡すのではない。
借りているのは会社であって、社長ではありません。だから、渡す前に社長が個人で借入を片づける必要はありません。
配電盤の製造は、板金・加工機・塗装・試験設備を抱える商売です。配電盤・電力制御装置製造業の事業所は、従業者4人以上のものだけで全国に2,234あり、そのうち65.0%が従業者20人未満です(平成29年の工業統計表、『第14次業種別審査事典』)。調査は少し古いのですが、設備を持ちながら20人未満で回している会社が大半という構図は読み取れます。そこに設備資金の借入があるのは、例外ではなく標準的な姿でしょう。
株式譲渡では、借入は会社に残ったまま買い手に渡る。借入があるというだけでは、譲渡は止まりません。
会社ごと渡すことには、逆向きの面もあります。中小M&Aガイドライン(第3版)は、株式譲渡は法人格が変わらないため、簿外債務や偶発債務のリスクが比較的高くなりやすいと整理しています。借入は決算書に載っているので値段に織り込めますが、載っていない負債は織り込めません。事業だけを切り出して渡す「事業譲渡」なら、引き継ぐ財産を選べるぶん、このリスクを切り離しやすい。ただし負債は自動では移らず、移すなら債権者ごとに個別の手続きが要ります。この記事は株式譲渡を前提に書いています。
値段の計算に、借入はもう入っている
次によくあるのが、「借入の分だけ値段から引かれるのだろう」という受け止めです。
これも起きません。理由は、純資産という数字の作り方にあります。
純資産は、借入を差し引いたあとに残る正味の財産。借入5,000万円は、この1行の中でもう引かれている。
そのうえで、第1回で使った式にあてはめます。当社が診断ツールで採用している年買法で、会社の値段 = 純資産 + 実質的な営業利益 × 年数です。この式のどこにも「借入」という項目はありません。借入は、純資産の計算のなかで済んでいます。ここで改めて借入を引けば、同じ負債を二度引くことになります。
国の登録制度の資料が示す、もうひとつの方法でも事情は同じです。EV/EBITDA倍率法の算式は「株式価値=EBITDA×倍率-純有利子負債(有利子負債-現預金)」で、借入はここで一度だけ引かれます。方法が違っても、借入は一度しか数えません。
借入が、値段とは別に効いてくるのは、返済が事業の稼ぐ現金に対して重すぎる場合です。毎年の返済額が事業の稼ぐ現金を超えていれば、買い手は「買った翌年から持ち出しになる」と読みます。ただしそれは、買ったあとの資金繰りの話として検討されます。返済期間の組み替えで解ける場合もあります。
借入の中身で、買い手の見方は変わる
買い手が決算書と一緒に出してほしがるのが、借入金の一覧です。金融機関ごとの残高、金利、返済期限、そして何のために借りたか。
見ているのは一点で、その借入に対応する資産があるかどうかです。
運転資金の借入3,000万円は、売掛金と在庫と仕掛品に姿を変えています。配電盤は受注から納品までに設計・製造・検査の時間がかかり、そのあいだの材料費と人件費が先に出ていきます。この3,000万円は、事業が回っていることの裏返しです。
設備資金の借入2,000万円は、10年前に入れた加工機になっています。その機械がいまも稼働しているなら、負債と資産が対応しています。買い手は「機械つきで買える」と読みます。
問題になるのは、対応する資産が消えている借入のほうです。
| 説明がほとんど要らない借入 | 説明が必要になる借入 |
|---|---|
| 運転資金(売掛・在庫に対応している) | 使途がはっきりしない借入 |
| 稼働している設備への借入 | 止まっている設備・遊休資産への借入 |
| 借換えで金利を下げたもの | 社長個人への貸付の原資になっているもの |
| 制度融資・保証協会付きのもの | 関連会社の赤字を埋めた分・過去の累積赤字の穴埋め |
右側にあるものが、そのまま減額になるわけではありません。説明できれば通ります。買い手が嫌うのは、聞いても答えが返ってこないことのほうです。右側に心当たりがあるなら、社内で整理しておけば済む話です。
買い手が見ているのは借入の額ではなく、その借入に対応する資産があるか。対応が説明できれば、額の大小は論点になりません。
純資産がマイナスでも、値段はつく
では、純資産がマイナスならどうなるか。いわゆる債務超過です。
同じ会社で、純資産だけを −2,000万円に置き換えてみます。
のれんが債務超過を上回れば、値段は正の数になる。計算上は、これで成立する。
計算はこうなります。ただし、ここは正直に書きます。
債務超過の会社は、買い手の社内で通りにくくなると考えるのが自然です。買収したあと、買い手の連結決算に債務超過の子会社が加わるからです。値段がつくことと、買い手が見つかることは別の問題で、候補の数は減るでしょう。
もうひとつ。債務超過には二種類あります。回収できない売掛金や、何年も動いていない在庫を実勢で評価し直した結果マイナスになる会社は、中身どおりです。一方、含み益のある土地や工場を簿価のまま載せているために、帳簿上だけマイナスに見えている会社もあります。後者は、資産を時価で置き直した時点で解消することがあります。どちらなのかは、決算書の純資産の行を見ただけでは分かりません。
債務超過の会社だけを取り出した成約の数字は、確認できていません。ただ、事業承継・引継ぎ支援センターが令和7年度に成約させた第三者承継は2,265件で、過去最多でした。そのうち売上1億円以下の会社は68.5%です(3,000万円以下36.9%と、3,000万円超〜1億円以下31.6%を当社が合算)。小さい会社の譲渡が、現にこれだけ成立しています。
株式と一緒に渡らないものが、ひとつだけある
株式を譲渡すれば、会社は買い手のものになります。借入も会社と一緒に渡ります。ここまではそのとおりです。
渡らないものが、ひとつだけあります。
代表者保証は、株式を渡しただけでは外れない。会社は渡したのに、保証だけが自分に残ることがある。
なぜそうなるのか。保証は、社長個人と金融機関が結んだ契約だからです。会社の株式を誰が持っているかは、その契約の当事者に入っていません。株主が変わっても、契約は何の影響も受けない。保証契約書に「株主が変わったら保証は消滅する」と書かれているのは、通常ありません。だから、残ります。
どれくらい残るのか。金融庁が民間金融機関529機関から集めた2025年度の集計に、旧経営者が保証を出していた先で代表者が交代したときの対応があります。保証を解除しなかった件数を当社が合算すると、17,156件。全体の40,170件の42.7%にあたります。親族への承継や社内昇格も含む代表者交代全体の数字で、M&Aだけを取り出したものではありません。それでも、代表者が替われば保証も自然に消える、という前提が成り立たないことは読み取れます。
解除された57.3%も、中身は一様ではありません。解除された23,014件のうち16,304件、約7割(当社計算)は、新しい経営者が保証を結んでいます。社長の保証は、後任の保証に置き換わった例が多い。
融資の仕組みと、承継の場面とは、もともと別々にできています。中小企業の融資は、代表者が保証に入ることを前提に組み立てられてきました。その保証を会社を渡すときにどう扱うかは、承継のたびに、金融機関と話をつけて決めることになります。
借入契約や取引基本契約のなかに、株主が変わる場合は事前の通知や承諾を要する、という条項が入っていることもあります。譲渡を検討し始めたら、金銭消費貸借契約書もあわせて見ておく価値があります。
続ける・渡す・たたむで、借入と保証の行き先は変わる
借入と保証がどこへ行くかは、選ぶ道によって変わります。3つ並べます。
| 借入の行き先 | 代表者保証 | |
|---|---|---|
| 続ける | 会社が返し続ける | 自分に付いたまま |
| 渡す(株式譲渡) | 会社に残り、買い手が引き継ぐ | 契約で解除を設計できる |
| たたむ(廃業・清算) | 資産を処分して返済。足りない分が残る | 足りない分が保証人のところへ来る |
どれが良いという話ではありません。続けるのは、ずっとまっとうな選択です。事業が回っていて返済も進んでいるなら、急ぐ理由はありません。資産で返し切れる会社なら、廃業もきれいな終わり方です。
ただ、3つ目だけは性質が違います。会社をたたむとき、資産を売っても返し切れなかった借入は、消えずに保証人のところへ来ます。借金があるからたたむしかない、という結論が、いちばん借金を個人に寄せる選択になり得ます。
東京商工リサーチの集計では、2025年に休廃業・解散した企業の代表者は、年齢が判明した分のうち90.6%が60代以上で、80代以上が34.0%を占めました。どの道を選ぶにしても、自社の借入と保証がどこへ行くのかを先に確かめておく価値はあります。たたむ場合の許可の届出は建設業許可の廃業届・電気工事業の廃止届を出す前にに、廃業と譲渡で手元に残る額の比べ方は会社をたたむ費用はいくらにあります。
保証を外すことは、契約で設計する
では、どうやって外すのか。
外れるかどうかを決めるのは金融機関です。仲介会社が「外せます」と言い切れるものではありません。当社も断定しません。できるのは、外れるように段取りを組むことと、外れなかった場合にどうするかを先に決めておくことです。国の中小M&Aガイドライン(第3版)が、最終契約などで検討すべきこととして挙げているのは、次のような中身です。
- 最終契約で、保証の解除(または買い手側への移行)を買い手の義務として位置づける
- 解除をクロージング(代金と株式を引き換える実行日)の条件にし、外れなかった場合の契約解除や補償の条項を置く
- 秘密保持を確保したうえで、実行の前に、買い手とともに金融機関へ事前相談することも選択肢に挙げられている
- 万全を期すなら、実行日に代表者の変更登記と、保証の解除・移行の手続きを同時に行う
順序にも癖があります。ガイドラインによれば、正式な解除や移行は、クロージングを経て登記簿上で代表者が変わったあとでないとできません。秘密を守るために金融機関への相談が実行のあとになった案件では、そのときに初めて金融機関が審査するので、買い手の信用力が著しく低い場合などには円滑に進まないおそれがある、と書かれています。
保証は「外れるはず」で進めない。誰が・いつ・何を条件に協議し、外れなかったらどうするかまで、契約に書く。
ここで効いてくるのが、買い手の信用力です。金融機関が保証人を差し替えるということは、新しい保証人を審査するということでもあります。買い手にその体力がなければ、話は前に進みません。だから「いくら出すか」だけでなく「保証を引き取れるか」が、買い手を選ぶときの基準になります。
実行のあとに保証が残ってしまった場合の窓口も、2026年5月に国が用意しました。金融庁の「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」です。相談シートを出すと、金融機関や信用保証協会に状況が共有されます。ただし、あっせんや解除の確約はしません。
契約に何を書くか、金融機関が保証を外すか考えるときの条件、このネットワークの使い方は、個人保証はM&Aで外れる?に詳しく書きました。社員に会社を譲る場合の保証は従業員承継の資金・個人保証・許可を。この協議が手続き全体のどこに入るかは譲渡の進み方に、買い手の顔ぶれについては買い手についてにまとめています。
では、解いてみましょう
最初の問題に戻ります。数字は変えていません。
- 社長
- 68歳
- 年商
- 2億5,000万円
- 実質的な営業利益
- 2,000万円
- 純資産
- 1,000万円
- 借入金
- 5,000万円
- 借入の内訳
- 運転資金 3,000万円
10年前の加工機 2,000万円(稼働中) - 代表者保証
- 借入5,000万円の全額に付いている
- 設計ができる社員
- 社長のほか2名
- 取引
- 直需3割・盤商社経由7割
- 社長の意向
- 引き継ぎのため2年は残れる
この会社は、売れると思いますか。売れるとしたら、いくらでしょうか。
自分で考えてから開く
まず、売れるかどうか。
借入5,000万円は会社に残り、買い手が引き継ぎます。運転資金3,000万円は売掛と在庫に、設備資金2,000万円は稼働中の加工機に対応しています。説明が要る借入はありません。値段はつきます。 買い手が現れるかどうかは別の問題ですが、借入を理由に止まる材料は、この例題には見当たりません。
次に、いくらか。年数を決めます。基準を3年として、
- 設計ができる社員が社長のほかに2名 … +
- 加工機が稼働していて、借入と資産が対応している … +
- 直需3割(商社経由だけに依存していない) … +
- 社長が2年残れる … +
- 純資産が薄い(1,000万円) … −
プラス材料が揃っているので、この会社は3年前後に置けます。
年数を2.5〜3.5年に動かした幅です。年数の置き方は当社の考え方で、実際の買い手が同じ年数を置くとは限りません。
借入5,000万円のほうが、純資産1,000万円よりずっと大きい会社です。それでも、のれんが乗るので、値段はその借入を上回ります。借入の大きさだけでは、会社の値段は決まりません。
条件をひとつだけ変えると、こうなります
数字はどれも変えません。変えるのは一点だけ、代表者保証が外れるかどうかです。
譲渡価格は1円も変わりません。数字はこの記事の前提に基づく試算です。
価格は同じでも、残るものが違う。会社を渡すというのは、株式を渡すことではなく、保証まで渡し終えることです。
契約に解除の条件が入っていれば、外れなかった時点で買い手に補償を求められます。何も書いていなければ、金融機関との話は、実行のあとに社長がひとりで始めることになります。譲渡のときは買い手も金融機関も交渉のテーブルにいますが、終わってしまえば、そのテーブルはありません。
自社で確かめることは、2つだけ
借入金一覧を開いて、それぞれに対応する資産があるかを確かめること。そして、どの借入に自分の保証が付いているかを、保証書の控えと金融機関への確認で押さえること。この2つだけです。どちらも、売ると決めていなくてもできます。
確かめた結果、「この返済ペースなら、あと数年は自分で続けたほうがいい」という結論になることもあります。それも正しい結論です。売るために書いた記事ではありません。
軽いものから並べます。
- 企業価値の目安を診断する:借入と純資産を入れて、この記事と同じ計算ができます。入力内容は送信されません。お名前も連絡先も不要です
- 承継準備チェックリスト:代表者保証の確認項目も入っています。印刷して社内でお使いいただけます
- メールで続きを受け取る:新しい記事をまとめてお送りします。いつでも解除できます
- 相談する:「うちの保証がどうなっているか」を一緒に確認するだけでも結構です
あわせて読むなら、配電盤・制御盤メーカーの事業承継とM&Aと手数料の全額開示を。売買の相場を国の集計で見たものは電気工事会社の売却相場に、他社の仲介契約書を手元に置いて確かめたい方はM&A仲介契約で確かめる10項目にあります。債務を引き受けてでも買う相手が誰なのかはこの会社を欲しがる会社は、いると思いますか、保証の話を実際に切り出す段取りは電話を1本かけた時点で、あなたはいくつの義務を負いますかに書きました。仲介が誰の側に立つかについては利益相反に関する方針に書いています。
参照した一次資料
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」 (第3版・2024年8月改訂(2026年10月13日時点で最新))
- 金融庁「『経営者保証に関するガイドライン』等の活用実績(2025年度)」 (2026年6月26日公表)
- 金融庁「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」 (2026年5月1日開設)
- 中小機構「令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について」 (令和7年度(2026年5月29日公表))
- 東京商工リサーチ「『休廃業・解散企業』動向調査」 (2025年(2026年1月発表))
- M&A支援機関登録制度(中小企業庁)「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(EV/EBITDA倍率法の算式) (2024年度の集計)
- 『第14次業種別審査事典』5067 配電盤・電力制御装置製造業(金融財政事情研究会。工業統計表 平成29年)
記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。
この記事について、よくいただく質問
借入がある会社は、譲渡価格から借入額が引かれるのですか。
代表者保証は、株式を譲渡すれば自動的に外れますか。
売却のあとに保証が残っていたら、どこに相談できますか。
債務超過でも買い手はつきますか。
知りたかったことは分かりましたか
2026年7月26日(2026年10月14日 更新)/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)