1億円で売れました。手元にいくら残りますか
この記事で崩す思い込み 「売却価格が、そのまま手元に入る」
第1回で計算した電気工事会社が、1億円で売れました。社長はひとりで全株を持っています。(考えるための例題で、実在の会社ではありません)
- 譲渡価額
- 1億円
- 株主
- 社長ひとり(100%)
- 設立時の出資
- 300万円(社長が全額)
- 仲介手数料
- 500万円
- 社長の勤続
- 35年
- 受け取り方
- 全額を株式の代金として
社長の手元には、いくら残りますか。
「1億円」と答えたくなります。税金が引かれるのは分かっても、いくらかは分からない。後者が正しい感覚です。
その「いくらか」は、契約に署名する前に知っておく数字です。申告の時期に知っても、もう設計は変えられないからです。
この記事を読み終わると、この問題に自分で答えられるようになります。9分ほどです。
税の試算は概算です。この記事は計算の順番を知っていただくためのもので、金額は例です。個別の税額は、必ず顧問税理士にご確認ください。当社は税務代理を行いません。税率と計算式は国税庁の公表資料(令和8年4月1日現在の法令等)に基づき、出典は記事末尾に並べています。
譲渡価額と手取りは、別のものです
いちばん大きな誤解から外します。
1億円で売れることと、1億円が手元に入ることは、別のことです。
株式を譲渡して代金を受け取ると、その利益に税金がかかります。これは社長個人の税金で、会社の税金とは別です。会社を売った年に、社長個人が確定申告をします。
引かれるものは2つ。仲介手数料と、税金です。譲渡価額の決まり方は電気工事会社の売却相場に、国の集計を並べてあります。
税率は、1億円でも2億円でも同じ20.315%
給与や事業の所得は、金額が大きくなるほど税率が上がります(累進課税)。株式の譲渡所得は、ほかの所得と切り離して計算します(申告分離課税)。税率は次のとおりです。
国税庁 No.1463。非上場株式は「一般株式等」に区分され、上場株式等の損失との通算は原則としてできません。
復興特別所得税の課税期間は、令和29年分までです。令和8年度の税制改正で延長されました。令和9年(2027年)以後は、復興特別所得税の税率が1.1%に下がり、所得税額の1%の防衛特別所得税が加わります。国税庁は、改正の前と後で両者の合計税率に変更はない、と説明しています(No.1420)。2026年中の譲渡でも2027年以降の譲渡でも、この計算での税率は20.315%のままです。
例外があります。令和7年分から、基準所得金額(確定申告が要らない配当所得などを含めた所得金額)が3億3,000万円を超える場合に、その超える部分の22.5%相当額が通常の所得税等を上回ると、上回る部分の所得税が加算されます(No.1000)。対象になるのは、所得が3億3,000万円を超える規模の取引です。実際に加算が出るかどうかは個別の計算になるので、税理士の領域です。
金額が大きいほど、引かれる額も比例して大きくなります。
20.315%は、1億円にかかるのではありません
ここを取り違える方が多いところです。税率がかかるのは譲渡所得です。譲渡価額そのものにはかかりません。計算式はこうなっています。
譲渡所得等の金額 = 総収入金額 −(取得費 + 委託手数料等)
「取得費」は、その株式を手に入れるのにかかった金額です。自分で会社を作った社長なら、設立時に払い込んだ出資金がこれにあたります。例題では300万円。
「委託手数料等」は、株式の譲渡のために要した手数料などです(消費税を含みます)。M&Aの仲介手数料も、社長個人が譲渡のために支払う分は、ここに入れて計算するのが一般的です。例題では、500万円を社長個人が支払ったものとして引きます。会社が契約して払う場合や、手数料の名目が複数ある場合は扱いが変わりうるので、契約の前に税理士に確かめてください。
つまり1億円のうち、この800万円分には税金がかかりません。残る9,200万円が課税の対象です。
取得費が分からない場合
創業が古いと、当時の出資額を示す資料が残っていないことがあります。その場合は、譲渡収入金額の5%を取得費とみなす方法があります(概算取得費の特例)。
実額と併用はできず、どちらか一方を選びます。1億円なら5%は500万円なので、実際の出資が300万円しかないなら、概算のほうが有利になります。
国税庁の確定申告書等作成コーナーの案内は、取得費が分からない場合だけでなく、実際の取得費が売った金額の5%相当額を下回る場合も、同様に計算できるとしています。例題に当てはめると、差はこうなります。
以降の計算は、わかりやすさのため実額の300万円で通します。実際の申告で有利なほうを選べるかは、税理士に確認してください。
決算書の資本金の額と、社長が実際に払い込んだ額が一致しているとは限りません。古い会社ほど、まず確認する価値があります。
株主が複数いると、計算は人数分に分かれる
例題は社長がひとりで100%持っている前提でした。譲渡所得は個人ごとに計算します。会社がまとめて課税される仕組みはなく、持株比率とそれぞれの取得費によって、ひとりずつ手取りが変わります。
効いてくるのは、その株をどうやって手に入れたかです。
相続や贈与で受け取った株式の取得費は、亡くなった方や贈った方の取得費をそのまま引き継ぎます。
自分は1円も払っていないのに、先代が払った出資額が取得費になります。先代の出資額が小さければ、取得費も小さく、課税される譲渡所得は大きくなります。同じ銘柄を何度かに分けて取得している場合は、総平均法に準ずる方法で1単位あたりの価額を出します。増資を重ねた会社では、この整理が要ります。
株主が3人以上いる会社では、誰がいくら受け取るかの話より先に、それぞれの取得費を並べたほうが計算が早くなります。並べるときは、取得の経緯ごとに、探す資料が変わります。
| 株式の取得の経緯 | 取得費になるもの | 探す資料 |
|---|---|---|
| 設立時に出資した | 払い込んだ出資金 | 払込の記録、通帳 |
| 増資を引き受けた | 払い込んだ増資額 | 増資時の払込の記録 |
| 相続した | 亡くなった方の取得費 | 亡くなった方の出資の記録 |
| 贈与された | 贈った方の取得費 | 贈った方の出資の記録 |
仲介手数料は、二重に効きます
手数料は、単純に手元から出ていくだけではありません。払えば手元から出ていき、同時に譲渡所得が減るので、税金も減ります。
500万円払うと、手元は500万円減り、税金は約102万円減る。差し引きの負担は約398万円です。
戻ってくるのは払った額の約2割だけです。「手数料が高いほうが得」という話ではまったくありません。
ここで言う手数料は、着手金・月額報酬・中間金・成功報酬を合わせた総額です。ガイドラインによれば、着手金などを設けず成功報酬だけの会社も相当数ありますが、請求する会社では、それらが成功報酬の内金なのか、別に払うのかを確認する必要があります。例題の500万円は、すべて含めた総額として扱います。
同じ1億円の会社で、手数料だけを変えて並べます。
手数料の差は1,500万円ですが、税が約305万円減るぶん、手取りの差は約1,195万円に縮みます。それでも1,195万円です。
2,000万円という額は極端な設定ではありません。大手仲介の最低成功報酬は2,000万〜2,500万円が中心です(各社の公式サイトおよび中小企業庁のM&A支援機関登録制度で公表されている手数料体系による。2026年時点)。譲渡価額1億円の会社なら、レーマン方式の計算値より、この最低額のほうが適用される場合があります。
手数料は、会社の値段ではなく、社長の手取りから引かれる。
ガイドラインも、同じ点を指しています。レーマン方式の階層ごとの料率だけでは足りず、成立する譲渡額に応じて最終的に支払う報酬の絶対額を確認することが重要だ、と書いています。同じ「5%」でも、基準が株式価額なのか移動総資産なのかで、支払額は倍以上変わります。たとえば借入3億円を抱えた会社なら、基準の違いだけで手数料が500万円と2,000万円に分かれます。上の表の2行は、「同じ料率で基準が違う2社」でもあります。契約書を持っているなら、手数料の聞き方も並べてあります。
手数料の一部は、事業承継・M&A補助金の専門家活用枠の対象になる場合があります。16次公募の要領では、対象になるのはM&A支援機関登録制度に登録された業者への支払いだけで、契約や発注は交付決定日以降でなければなりません。使うつもりなら、契約の前に補助金のページを確認してください。
当社の手数料は全額を開示しています。最低成功報酬は売り手・買い手とも300万円、基準は株式価額です。なお株式の譲渡は消費税の非課税取引なので、1億円の株式代金に消費税はかかりません。かかるのは、仲介手数料のほうです。
では、解いてみましょう
最初の問題に戻ります。数字は変えていません。
- 譲渡価額
- 1億円
- 株主
- 社長ひとり(100%)
- 設立時の出資
- 300万円(社長が全額)
- 仲介手数料
- 500万円
- 社長の勤続
- 35年
- 受け取り方
- 全額を株式の代金として
社長の手元には、いくら残りますか。
自分で計算してから開く
まず課税の対象を出します。
ここに20.315%を掛けます。
取得費の300万円は、設立時に払い込んだ過去の支出なので、手元に残る額からは引きません。
約1,869万円の中身を分けると、こうなります。申告で納めるのは所得税と復興特別所得税、住民税は別に納めます。
2027年以後に譲渡する場合は、復興特別所得税の約29万円が、復興特別所得税(1.1%)と防衛特別所得税(1%)に分かれます。合計は同じです。
1億円のうち、約2,370万円が手元に残りません。 内訳は税金1,869万円と手数料500万円です。
この数字を知らないまま「1億円で売れる」と考えていると、譲渡が終わったあとで計画が狂います。退職後の生活費も、次の事業への出資も、手取りで組まないと成り立ちません。
この計算を自分の会社で再現するには、手元に3つの資料が要ります。株主名簿(誰が何株を持っているか)、設立時や増資時に出資を払い込んだ記録(通帳や払込の証明)、役員退職金の規程の有無です。どれも、顧問税理士に頼めば出てくる資料ですが、古い会社では払込の記録が見つからないことがあります。見つからなければ、先ほどの概算取得費の出番です。
条件をひとつだけ変えると、こうなります
1億円のうち3,000万円を、株式の代金ではなく役員退職慰労金として受け取る場合。 ほかの条件はすべて同じです。買い手が払う総額も1億円のままとします。
なぜ変わるかというと、退職金には別の計算式があるからです。
国税庁 No.1420。勤続20年超の控除額は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」です。
長く勤めた人ほど控除が大きくなり、そのうえ残った分を半分にしてから課税します。3,000万円を受け取っても、課税されるのは575万円です。全体を並べ直すと、こうなります。
株式分の譲渡所得は 7,000万円 − 300万円 − 500万円 = 6,200万円で、税は約1,260万円。退職所得575万円には、所得税の速算表(国税庁 No.2260)で575万円×20%−42万7,500円=約72万円、復興特別所得税約1.5万円、住民税(退職所得の10%)57.5万円を当てはめ、約131万円とした概算です。
買い手が払う総額は同じ1億円。受け取り方を変えただけで、手取りが約478万円動きます。
決算書の数字は1円も変わっていません。変えたのは、1億円をどの名目で受け取るかだけです。
ただし、条件があります。
- 役員としての勤続年数が5年以下の場合、1/2の計算は使えません(特定役員退職手当等)。最近になって役員に就いた方は当てはまらないことがあります
- 退職金は会社が支払います。当社の年買法(純資産+実質営業利益×年数)でいえば、会社の純資産が3,000万円減るので、株式の価格はその分下がる方向に働きます。ここでは総額を1億円に固定して比べています
- 国税庁は、業務に従事した期間、退職の事情、同業種・同規模の法人の支給状況などからみて相当な金額を、会社の損金にできるとしています。不相当に高額な部分は損金に入りません。買い手にとっては税負担が増えるので、総額の配分は交渉ごとになります
- 金額の妥当性の判断は税理士の領域です
売却のあとも、社長が非常勤や相談役として会社に残る場合は、別の確認が要ります。国税庁は、常勤役員が非常勤になった、取締役が監査役になった、分掌変更後の役員の給与がおおむね50%以上減った、というように、役員としての地位や職務が激変して実質的に退職したのと同様の事情にあれば、退職金として扱えるとしています(No.5203)。ただし、非常勤でも代表権を持つ場合や、経営上主要な地位を占める場合は除かれます。肩書きだけを変えて実権が残る形では、この扱いは受けられません。
この設計は、税理士と組まないとできません。税理士に入ってもらう時期を間違えると、この選択肢は消えます。
手取りは、契約の前にしか動かせません
もう仕組みは分かっています。譲渡価額から取得費と手数料を引き、残りに20.315%。受け取り方を分ければ、その一部に別の計算式が使える。この順番さえ持っていれば、提示された条件を自分で検算できます。
ひとつだけ、時期の話をします。ここまでの設計は、すべて最終契約に署名する前に決まります。総額をどう配分するかは契約書に関わる事項なので、署名したあとで「やはり退職金にしたい」とは言えません。契約の流れは第5回にあります。最終契約の段階に入る前に、税理士に一度並べてもらう必要があります。
軽いものから並べます。
- 企業価値の目安を診断する:まず譲渡価額の目安を出します。手取りはそこからの引き算なので、順番はこちらが先です。入力内容は送信されません
- 承継準備チェックリスト:「退任予定の役員報酬と節税目的の費用を分けて把握している」など、税理士に相談する前に自分で確認できる項目を並べています
- 顧問税理士に、設立時の出資額の資料が残っているか聞く:当社に相談する前で結構です。取得費が確認できるかどうかで、話の精度が変わります
- 相談する:「うちの場合、退職金の設計は使えるのか」の確認だけでも結構です。金額の判断は、税理士に確認していただきます
あわせて読むなら、手数料の全額開示とレーマン方式は基準を見るを。値段そのものの決まり方はこの会社、いくらで売れると思いますか、借入がある場合の受け取り額は借入5,000万円の会社は、売れますに書きました。
参照した一次資料
- 国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税) (令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁 No.1464 譲渡した株式等の取得費
- 国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得) (令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁 No.2260 所得税の税率 (令和8年4月1日現在法令等)
- 総務省 平成25年1月1日以降の退職所得に対する住民税の特別徴収について
- 国税庁 No.1000 所得税のしくみ (令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁 No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金 (令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁 No.6201 非課税となる取引 (令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁 確定申告書等作成コーナー 取得費がわからないとき(概算取得費の特例)
- 国税庁 確定申告書等作成コーナー 必要経費又は譲渡に要した費用等とは(株式等の譲渡)
- 中小企業庁 中小M&Aガイドライン(第3版) (2024年8月改訂)
- 事業承継・M&A補助金事務局「16次公募要領(専門家活用枠)」 (2026年)
記事中の試算は、これらの一次資料と当社の実務上の見解に基づくものです。 実際の評価額を保証するものではありません。
この記事について、よくいただく質問
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2026年7月26日(2026年10月14日 更新)/ 執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)