会社を売っても社名・屋号は残せる?電気工事会社の看板と契約名義
記事中のモデルケースは、理解を助けるための架空の例です。 当社の成約実績ではありません。
社長は引退しても、作業車に書かれた会社の名前は残したい。昔からのお客さまに、これからも同じ名前で呼んでほしい。会社を売る条件として、その希望を伝えることはできます。
ただ、買い手の「名前は残します」という返答だけでは、どこに、いつまで残るのかが分かりません。登記上の会社名、地域で呼ばれる店名、車両や作業服のロゴ。さらに、見積書や請求書に載せる名義。これらを一緒に確認すると、残したいものと必要な手続が見えてきます。
本稿は、法人の電気工事会社を売る場合を中心に説明します。個人で営む店を渡す方法は、個人電気工事店の事業承継をご覧ください。
株を売ると、会社名も自動的に変わる?
株式会社では、株主の保有する株式を譲ることと、会社の商号を変更することは別の手続です。会社法は会社を法人とし、株式の譲渡を認める一方、商号を定款の記載事項とし、定款変更を株主総会の決議事項としています。株式を譲ったことだけで、社名まで自動的に書き換わると考えないようにしましょう。会社法第3・27・127・466条
売却時に名前が変わらなくても、その後ずっと維持されると決まったわけではありません。
買い手が全株式を取得するなら、以後の会社運営に対する売主の立場も変わります。社名の維持を大切にするなら、売却前に買い手の方針を確かめ、どこまで合意するか話し合います。
ここで聞きたいのは、残すか変えるかだけではありません。買い手グループの名前を併記するのか、工事部門だけ従来の名称を使うのか、将来の統合を考えているのか。社長が望む姿と買い手の計画を、早い段階で比べておくことを勧めます。
「残す」という返答を、何で確かめる?
まず、名前が使われている現物を見てみます。登記事項証明書、見積書、作業車の写真、作業服、営業所の看板などです。残したい箇所に印をつければ、「会社名を維持する」と「地元のお客さまが見慣れた看板を維持する」が同じ希望かどうか分かります。
次に、その名称を使う場面と期間を買い手と確認します。工事の営業に使い続けるのか、沿革の紹介だけに残るのかでは、社長の受け止め方が違うはずです。名称の変更が必要になった場合の協議方法や、将来の再編時の扱いも、重要なら契約を検討する弁護士に伝えます。
これらは、合意条件を具体化するための提案です。
一定の文言を入れれば永久に名前を守れる、という保証ではありません。期間や対象、例外の定め、違反があったときの扱いは個別に設計します。意向表明や基本合意で話した内容が、最終契約案でどう扱われているかも確認してください。
なぜその名前を残したいかも、短く説明できると役立ちます。例えば、顧客がその名称で見積依頼をしている、長期の点検資料がその名で整理されている、といった自社の事実です。資料で確かめられない売上効果や、将来の受注を約束する必要はありません。
看板が同じなら、請求書の名義も同じでよい?
ここは、売却の方法によって答えが変わります。株式譲渡で同じ会社が工事を続ける場合と、事業譲渡で別の会社が工事を受ける場合を分けてください。
引継ぎ後の見積書を一枚作るつもりで、順番を確認してみます。誰が受注し、誰が完成を約束し、どの会社が請求し、どの口座へ払ってもらうのか。表にある屋号だけを見て、契約主体が分からない状態を残さないようにします。完成済み工事の問い合わせ先を案内する場合も、窓口と責任の説明が食い違わないようにします。
事業譲渡で取引主体が変わるなら、従来のひな型の会社名だけを直して済ませず、個別の工事契約と引継ぎ手続を確認します。
引継ぎ日前の受注分と、その後の新規受注分で扱いが違う場合もあります。顧客への案内、注文書、請求書の切替日を、関係者でそろえる必要があります。
会社名自体を変更する場合には、税務上の届出や公表情報の扱いも確認します。国税庁は、インボイスの公表事項である名称等の変更手続を案内し、法人の異動届に必要事項を記載して提出した場合には、別の変更届が不要となる取扱いも示しています。書類を重複して出す前に、税理士へまとめて確認しましょう。国税庁「公表されている事項を変更する場合」
事業譲渡では、名前を残すことが責任にも関わる?
関わる場合があります。会社法22条は、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用するとき、譲渡会社の事業によって生じた債務について、譲受会社も弁済責任を負うことを定めています。これは、株主が替わるだけの株式譲渡についての説明ではありません。e-Gov「会社法」第22条
同条には、事業を譲り受けた後、遅滞なく責任を負わない旨を登記する場合や、事業譲受け後、遅滞なく売り手・買い手双方から責任を負わない旨の通知を受けた第三者についての例外もあります。「過去の債務は売り手が負担する」と当事者間で決めるだけでよいと考えず、対外的な責任と必要な手続を弁護士・司法書士へ確認してください。同法第22条第2項
また、登記上の商号を丸ごと使わず、屋号だけ残す場合でも、使用の実態を含めた確認が必要です。「会社名を少し変えれば責任は生じない」「免責登記をすればあらゆる責任がなくなる」といった判断はできません。名前の使い方を決める段階で、債務や契約の整理と一緒に相談するのが安全です。
ロゴのデータがあれば、そのまま使える?
データの保管場所と、使う権利を持つ人は別に確認します。
登録商標があるなら、権利者が会社なのか、社長個人なのかを調べます。個人が持つ権利まで、会社の株式を売るだけで買い手へ移るわけではありません。
譲渡や使用許諾が必要なら、対象、使える範囲、期間を検討します。商標法は商標権の移転や、専用使用権・通常使用権を定めています。どの権利を誰から取得する必要があるか、名義の変更や登録をどう進めるかは、弁理士等へ具体的な権利関係を示して確認してください。商標法第24条の2・30・31条
ロゴを外部の制作会社へ依頼した場合は、その契約も確認対象です。
買い手が後から作り直すことにならないよう、元データの所在と利用条件を資料に添えておくと話が進めやすくなります。
名前を決める会議に、現場と経理の紙も持っていく
社長と買い手だけで看板の話を終わらせると、現場の書類が追いつかないことがあります。最終的には、対外的に使う名称、契約名義、請求書、口座案内を担当者が確認できる形にします。許可・登録上の表示や届出は、名前を残す場合でも取引方式や変更事項に応じた確認が必要です。許可・登録の承継早見表と合わせ、提出先へ確認してください。
相談時にどこまで情報を伝えるかは、受付方法と守秘の扱いを確かめてください。「車両と営業所の名前を残したい」「法人名も変えたくない」など、希望する範囲を伝えられます。相談窓口では、名前を残したい理由と、買い手に確かめたい条件からお聞かせください。看板を見たお客さまが、引継ぎ後も誰に仕事を頼んでいるか分かる。その状態まで準備しておきましょう。
参照した一次資料
- 会社法第3・27・127・466条 (2026年10月19日確認)
- 国税庁「公表されている事項を変更する場合」 (2026年10月19日確認)
- 商標法第24条の2・30・31条 (2026年10月19日確認)
知りたかったことは分かりましたか
執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)