盤メーカーが「忙しいのに金がない」のは経営が悪いからではない
盤メーカーの社長さんから、こう言われることがあります。
「うちは忙しいばかりで、金が残らない」
多くの場合、これは経営が下手だからではありません。
受注生産の会社は、仕事が増えているときほど、手元の現金が減る。
お金が出ていく順番と、入ってくる順番が逆
配電盤・制御盤は、在庫を作って売る商売ではありません。図面をもらってから作ります。
その結果、お金の動きはこうなります。
| 時期 | 出ていくお金 | 入ってくるお金 |
|---|---|---|
| 受注・設計 | 設計者の人件費 | なし |
| 材料手配 | 銅バー、機器、キャビネット、ケーブル | なし |
| 製作・配線 | 製造の人件費、外注の板金費 | なし |
| 納品・検査 | 現地調整の費用 | なし |
| 検収後 | — | ここで初めて入金 |
材料を仕入れてから入金までの間、その分のお金は会社の外に出たままです。
大型の盤や、官公庁・ゼネコン経由の案件だと、この期間が数か月に及ぶこともあります。
受注が2倍になれば、立て替えるお金も2倍になります。だから「忙しいのに苦しい」が起きます。これは失敗ではなく、この業種の構造です。
決算書では、それが「仕掛品」として積み上がる
作りかけの盤は、決算書の上では棚卸資産の「仕掛品」になります。
ここで誤解が生まれます。
社長は「在庫が膨らんでいる。良くないことだ」と受け取ります。金融機関から在庫の水準を指摘されて、なおさらそう思う。
しかし買い手は違う見方をします。
受注残に裏づけられた仕掛品は、在庫ではなく「まだ請求していない売上」に見える。
大事なのは金額ではなく、その中身が説明できるかどうかです。
- 受注済みの案件のために動いている材料なのか
- 失注した案件、仕様変更で止まった案件の材料が残っているのか
前者なら将来の売上の裏づけです。後者なら資産に見えているだけの損失です。この2つが混ざったまま渡されると、買い手は安全側に倒して全部を後者とみなします。
「黒字なのに金がない」と「赤字だが健全」は両方ある
受注生産では、決算書の見た目と会社の実力がずれます。
黒字なのに苦しい場合は、たいてい伸びているときです。売上が増えるほど立て替えが増えるので、利益は出ているのに現金が薄くなる。
赤字なのに健全な場合もあります。大型案件の材料を先に仕込んだ年は、費用だけが立って売上が翌期にずれます。翌期に一気に回収されます。
買い手はここを見慣れています。1年の数字ではなく、3期分の受注残と入金の並びを見ます。だから「去年赤字だったから売れない」と決めつける必要はありません。
買い手が実際に確かめること
デューデリジェンスで盤メーカーの資金まわりを見るとき、確認されるのは主に4点です。
先に言っておくと、この4つは「今できていること」を問われているのではありません。売却までに整えられるかを見られています。だから今できていなくても構いません。
1. 仕掛品の内訳と滞留
いつから動いていない材料か。案件番号と紐づいているか。1年以上動いていないものがどれだけあるか。
2. 取引先ごとの入金サイト
ゼネコン経由、サブコン経由、直需で、入金までの日数が違います。どの商流の比率が高いかで、必要な運転資金の量が決まります。
3. 借入の中身
運転資金として回っている借入なのか、過去の赤字を埋めた借入なのか。前者は事業に付いてくるものとして扱われますが、後者は譲渡価格から差し引かれる方向に働きます。
4. 案件別の原価が出せるか
これが出せると、赤字の年について「特定の案件で読み違えた」「受注の波だった」と説明できます。出せないと、収益力そのものが疑われます。
同じ論点は電材卸の在庫にもあります。金額が同じでも中身で評価が正反対になる構造は棚卸金額は同じでも価値は正反対にも書きました。
20人未満が65%の業界で、これは普通のこと
配電盤・電力制御装置製造業の事業所数は2,234で、従業者20人未満が65.0%を占めます(『第14次業種別審査事典』、工業統計)。
この規模で案件別の原価管理まで整えている会社は多くありません。経理も兼務であることがほとんどです。
つまり、できていないことが特別なわけではないということです。
整っていないから売れないのではない。整えてから出すか、整えずに出すかで、条件が変わるだけ。
一方で、製造業の後継者不在率は42.4%と全業種で最も低い水準です(帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」)。後継者はいるが盤を設計できる人がいない、という形の相談が多いのはこのためです。人の側の論点は盤メーカーの値打ちは設備ではなく「図面を描ける人」にあるに書きました。
買い手は現に動いている
盤の製造能力は取り合いになっています。
2022年8月には、国内の配電盤・分電盤大手である河村電器産業が、シンガポールの配電盤メーカーの株式70%取得に合意したことを公表しました。国内大手が海外の盤メーカーまで買いに行く状況です。
同じ年の6月には、産業機械系のリックスの子会社が、石川県の制御盤製作会社を子会社化しています。公表資料では、機械と電装を一体で提供するための電装内製化が目的とされています。
盤を作れる会社は、作れない会社から見れば「買うしかないもの」になっている。
資金の話は、資材を売ってきた側がいちばん見ている
私たちは1950年から電設資材を扱ってきました。
盤メーカーに銅バーやキャビネット、機器を納めるとき、掛売りで出します。つまり立て替えているのは私たちの側でもあります。
どの会社がどの時期に材料を仕込み、どのくらいで払えるようになるか。受注が伸びている会社の資金が一時的に薄くなること。それが危険な兆候なのか、成長の裏返しなのか。この違いを、与信の側から日常的に見てきました。
決算書だけを見て評価する会社には、ここが分かりません。
売却をお決めでない段階で結構です。まず、直近3期の受注残と仕掛品の中身を一緒に整理するところから始めましょう。整理そのものが、条件を良くする準備になります。
参照した一次資料
よくあるご質問
仕掛品が多いと、評価は下がりますか。
借入が多いのですが、売却できますか。
案件別の原価管理をしていません。不利になりますか。
決算書上は黒字ですが、手元にお金が残りません。会社に問題がありますか。
執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)