従業員の給料を守れる見積書になっていますか?会社を継ぐ前の労務費の見直し
記事中のモデルケースは、理解を助けるための架空の例です。 当社の成約実績ではありません。
仕事は詰まっている。社員もよく働いている。それでも給料を上げる話になると、社長の返事が重くなる。そんな会社を次に継ぐ立場になったと想像してください。
最初に見たいのは、売上の合計だけではありません。見積りの中に、人が働くためのお金を、どのように確保しているかです。いつもの客だから少し引く。その判断が社長の頭にしか残っていないと、後継者は「どこまでなら引けるのか」を説明できません。
総額だけの見積書で、引き継ぎにくくなるもの
ここでは理解のため、同じ総額の工事を二つ比べます。一方は作業する人数・日数、材料、必要経費が分かれている。もう一方には工事一式の金額だけが書かれている。実在する会社の比較ではありません。
後継者が注文者から値下げを求められたとき、前者なら、施工方法を変えられるか、材料の仕様を変えられるか、何を変えると働く人への支払いが苦しくなるかを検討できます。後者では、社長に聞かなければ判断の出発点さえ分からないかもしれません。
細かい書類が多いほどよい、という話ではありません。金額の裏側の作業と条件を、次の人がたどれるかという問いです。
労務費の基準は、社員の給与表ではない
国土交通省は、2025年12月12日の改正建設業法等の全面施行を踏まえ、労務費の基準の運用方針を示しています。2026年10月16日時点で案内されている、2026年6月最終改正版を確認しました。
これは、建設工事の請負契約で賃金の原資を確保するための考え方です。現場の条件や施工の生産性に応じて、必要な労務費を説明します。一律の工事最低価格でも、その単価を社員一人の給料としてそのまま支払うという給与表でもありません。
同方針は、基準値がない職種分野でも適正な労務費を確保する必要があるとしています。「自社の工種の数字が見つからないから、確認しなくてよい」とは考えません。他方、許可不要の範囲で建設業を営む者には新規制の一部が直接適用されないなどの区別もあるため、個々の法的義務は許可行政庁等に確認します。材料だけの売買に、工事請負のルールを一律に当てはめるものでもありません。
最初は、代表する一工事の見積りを開く
全案件の様式を一日で変えるより、まず最近終えた代表的な工事を一つ選びます。国交省の様式例と書き方ガイドを参考に、労務費、材料費、法定福利費などの必要経費を、それぞれの役割が分かるように確認します。どの費目をどこへ記載するかは、公式ガイドと実際の見積条件を照合してください。
そのうえで、当社の提案する引継ぎメモを添えます。
- 見積りで想定した作業人数・日数と、実際の作業の違い
- 夜間作業、待機、狭い現場など、金額の前提になった条件
- 追加工事や仕様変更について、誰と何を合意したか
- 値引きをしたなら、どの条件が変わり、何を根拠に判断したか
これは行政の指定帳票ではありません。見積りと実際の違いから、次の見積りで確認する点を残すためのメモです。社員個人の給与明細を、取引先や買い手候補へ無制限に見せるためのものではありません。
「昔からの値段」を、交渉できる説明へ変える
社長が価格を決めてきた理由には、長い取引、仕事の組み合わせ、現場の段取りなど、数字だけでは分からない事情があるはずです。それを否定して一律に値上げするのではなく、何が変われば同じ価格では続けられなくなるかを、後継者と確認します。
労務費の基準ができたから、希望した値上げが自動的に通るわけではありません。交渉した相手、提示した根拠、相手の回答、合意した条件を残してください。継ぐ人が次の話し合いを、前の交渉の続きから始められるようになります。
受注済みの仕事を引き継ぐ場合は、受注残と未成工事の整理で残る支出も確認します。社員への説明は、雇用を守るための準備と合わせて、希望だけでなく働く条件を具体化します。承継全体の準備はチェックリストにまとめています。
給料を守りたい、の次に残せるもの
この作業だけで会社の価値や賃上げを保証することはできません。ただ、「社員を大切にしてほしい」という希望に、「そのために、この工事ではこれだけの仕事と費用を見込んでいる」という説明を添えられます。
次の社長へ渡すのは、金額を入力する様式だけではありません。何を見て値段を決め、何を守るために交渉したか。その判断が一工事分でも残れば、忙しさの話を、働く人への支払いを支える話へ進められます。
参照した一次資料
- 国土交通省 労務費に関する基準を踏まえた取引の考え方 (2026年10月16日確認)
- 国土交通省 労務費に関する基準の運用方針(2026年6月最終改正) (2026年10月16日確認)
- 国土交通省 専門工事業者向け見積書の書き方ガイド (2026年10月16日確認)
知りたかったことは分かりましたか
執筆:松本電業株式会社(電設承継パートナーズ)